政談 / 諸役人に器量を選ふ事
其の仔細は上たる人は第一其の身貴く、其の地結搆なれは終に物の難儀苦勞をせす、何事も心の儘なり、人の智は樣々の難儀苦勞をするより生するものなるに、左樣なること無けれは智惠の生すへきやうなし、亂世の名將は生死の塲を經て樣々の難儀をしたる故智慧あるなり、其の身の位貴けれは下々とは雲泥萬里隔たる故、人の情に踈く下のことを知らす、常になるゝ人は皆な高位大祿の人なり、高位の人は高位の立ちまはり計を仕覺えて物云ひたる所、其の人の取り廻はし上たる人と能く相應する故、覺えす能く見ゆる、末々の者は高位の交はりをせす、立ちまはり物云ひまてふつゝかなり、又身高位ならねは上たる人のはだあひもの好きをも知らす、貴賤遙かに隔たる人の俄に呼ひ出たされてものを申す故、すぐに縮みて事の仔細をよく申しつくすこともならす、
新字:其の仔細は上たる人は第一其の身貴く、其の地結搆なれは終に物の難儀苦労をせす、何事も心の儘なり、人の智は様々の難儀苦労をするより生するものなるに、左様なること無けれは智恵の生すへきやうなし、乱世の名将は生死の塲を経て様々の難儀をしたる故智慧あるなり、其の身の位貴けれは下々とは雲泥万里隔たる故、人の情に疎く下のことを知らす、常になるゝ人は皆な高位大禄の人なり、高位の人は高位の立ちまはり計を仕覚えて物云ひたる所、其の人の取り廻はし上たる人と能く相応する故、覚えす能く見ゆる、末々の者は高位の交はりをせす、立ちまはり物云ひまてふつゝかなり、又身高位ならねは上たる人のはだあひもの好きをも知らす、貴賤遥かに隔たる人の俄に呼ひ出たされてものを申す故、すぐに縮みて事の仔細をよく申しつくすこともならす、
書き下し
其の仔細は上たる人は第一其の身貴く、其の地結搆なれは終に物の難儀苦労をせす、何事も心の儘なり、人の智は様々の難儀苦労をするより生するものなるに、左様なること無けれは智恵の生すへきやうなし、乱世の名将は生死の塲を経て様々の難儀をしたる故智慧あるなり、其の身の位貴けれは下々とは雲泥万里隔たる故、人の情に疎く下のことを知らす、常になるゝ人は皆な高位大禄の人なり、高位の人は高位の立ちまはり計を仕覚えて物云ひたる所、其の人の取り廻はし上たる人と能く相応する故、覚えす能く見ゆる、末々の者は高位の交はりをせす、立ちまはり物云ひまてふつゝかなり、又身高位ならねは上たる人のはだあひもの好きをも知らす、貴賤遥かに隔たる人の俄に呼ひ出たされてものを申す故、すぐに縮みて事の仔細をよく申しつくすこともならす、
現代語訳
その理由は、上に立つ人はまずその身が尊く、境遇が恵まれているので、ついぞ難儀や苦労をせず、何事も思いのままである。人の知恵はさまざまな難儀苦労をするところから生まれるものなのに、そうしたことがなければ知恵の生まれようがない。乱世の名将は生死の場をくぐり、さまざまな難儀をしたので知恵があるのである。身分が尊ければ下々とは雲泥万里も隔たっているので、人情に疎く、下のことを知らない。いつも慣れ親しむ人は皆高位大禄の人である。高位の人は高位の人としての振る舞いばかりを身につけていて、物の言い方もその人の立ち回りも上に立つ人とよく釣り合うので、知らず知らずよく見える。末々の者は高位の人との付き合いをしないので、立ち回りも物言いも不調法である。また高位でなければ上の人の肌合いや好みも知らない。身分がはるかに隔たった人が急に呼び出されて物を申し上げるのだから、すぐに萎縮して、事の次第を十分に申し述べることもできない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』諸役人に器量を選ふ事此上に上たる人にゑりもとを見る心覚えすあるなり、富貴なる人を善きと見ては、貧賤成る人をは悪きと見ることは、もと女子わらべが怪きものあることにて之をゑりもとを見ると云ふ、上たる人などに箇様なる心有るまじきやうなれども、世末になるに従ひて、人の家筋極まりて上下別々になりたる世界なる故、高位大禄の人を善き人と思ひ、末々の者をはむしけらの如く思ふこと、上たる人にも免がれざる人情なり、此の上に又臣たる人には立身を好む利慾の心人情の免がれざる所なる故、何れも上の御機嫌に合はせ、上の御心を取らんと心懸くること甚たし、何程の名将にても下より之を一大事と心掛けて伺ひねらう所へ手前のものずき心の僻を見とられぬと云ふことなし、是亦人情の免がれがたき所なり、斯の如く様々の仔細によりて、手前の目かね手前の才智にて人の器量を知らんとするときは必す誤りあることなりと知るへし、
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『甲陽軍鑑』品第十四扨又一切の侍衆の内にも四人と、又高坂弾正が小眼より見立て候聞き給へ長坂長閑·跡部大炊助殿、一番に少しも戯げずして兵あり、二番に馬嫁にて兵あり、三番に利発にて臆病なる人あり、四番に馬嫁にて臆病なる人あり、一利発にて心の剛なる人をば世間の者憎むなり、一利発にて臆病なる者は人の機に入りて走り廻り近付き多し、一馬嫁にて兵は手抦をいたしても、あまり人が存ぜぬ者なり、馬嫁にて臆病なるをば人のなぶり者になり、結句衆人愛多し、
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『政談』諸役人に器量を選ふ事名将の目がねと云ふは戦塲にて功を立てゝ、器量ある人を多く見多く使ひて大抵すぢきつかけを覚えて、此のすぢきつかけにて見て大抵知るゝことなり、されば古の名将にも人の見違ひありてやりそこなひとも多きは大抵は知るゝやうなれども、我か覚えたるすぢきつかけはかりをひ、我が終に見覚えぬすぢきつかけは知らぬ故見損ひあることなり、然れば人を知ると云は兎角使ひ見て知ることなり、さはなくて我か目かねにて人を見んとせは、畢竟我かもの好きに合はする人を器量ありと思ふことなり、是れ愚かなることの至極なり、
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『甲陽軍鑑』品第十一又山本勘介兵法の義も、新当流にてあらざるとて議は勿体なし、新当流にも皆上手斗りは有るまじ、京流にも皆下手斗りも有るまじ、此勘介は白外にても木刀にても、数度手抦有るにおいては、それは上手なり、何の道にも上手をこそほむる者なれそれを弁もずして山本勘介をそしり給ふは、今川殿家運尽きて無穿鑿の故なり、
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『甲陽軍鑑』品第十四其の人並の内に、無心懸けなる人をさして世間に申渡る臆病人なり、物前にて腰たゝず無性になる人は本の臆病者とて、結句兵よりも稀れなれば、侍千人の中にも漸く一人あり、又右すぐれて二十人のごとくなる者、千の備へには歩者に侍小者へかけて二三十もあるべし、それは勝頼公も御存知あらん、定て長坂長閑·跡部大炊助は猶以て知り給はん、原美濃が小者ほつせん小幡山城が小者藤右衛門、多田淡路小者新六、是等は度々の手抦を仕つれば、結句忰者小者に手抦物あらん、
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『甲陽軍鑑』品第十四一上の剛强成る男の仕形は、平生も陣の時は猶ほ以て人にもかまはず働き、前にも我しはざを分別にて工夫し、其塲へ出ては機のきいたる才覚を以て手抦をせんと思ふより、人にも一円搆はぬ者なり、二中の機のきいたる男は上の人に負けまじと機をきいて馳り廻り、上の人におとりて見へぬ者なり、三下の男は只の儀もなく上中の人がゆかば、我等もまいらんとて、ふたりの人に目をつけてつきそひまはる者なり、四其外の男は皆人なみと申すなり、上の男は侍百人の中にふたり、中の男は百人の内に六人、下の男は百人の中に十二人、残て八十人は並なり、
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