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政談 / 諸役人に器量を選ふ事

此上に上たる人にゑりもとを見る心覺えすあるなり、富貴なる人を善きと見ては、貧賤成る人をは惡きと見ることは、もと女子わらべが怪きものあることにて之をゑりもとを見ると云ふ、上たる人などに箇樣なる心有るまじきやうなれども、世末になるに從ひて、人の家筋極まりて上下別々になりたる世界なる故、高位大祿の人を善き人と思ひ、末々の者をはむしけらの如く思ふこと、上たる人にも免がれざる人情なり、此の上に又臣たる人には立身を好む利慾の心人情の免がれざる所なる故、何れも上の御機嫌に合はせ、上の御心を取らんと心懸くること甚たし、何程の名將にても下より之を一大事と心掛けて伺ひねらう所へ手前のものずき心の僻を見とられぬと云ふことなし、是亦人情の免がれがたき所なり、斯の如く樣々の仔細によりて、手前の目かね手前の才智にて人の器量を知らんとするときは必す誤りあることなりと知るへし、

新字:此上に上たる人にゑりもとを見る心覚えすあるなり、富貴なる人を善きと見ては、貧賤成る人をは悪きと見ることは、もと女子わらべが怪きものあることにて之をゑりもとを見ると云ふ、上たる人などに箇様なる心有るまじきやうなれども、世末になるに従ひて、人の家筋極まりて上下別々になりたる世界なる故、高位大禄の人を善き人と思ひ、末々の者をはむしけらの如く思ふこと、上たる人にも免がれざる人情なり、此の上に又臣たる人には立身を好む利慾の心人情の免がれざる所なる故、何れも上の御機嫌に合はせ、上の御心を取らんと心懸くること甚たし、何程の名将にても下より之を一大事と心掛けて伺ひねらう所へ手前のものずき心の僻を見とられぬと云ふことなし、是亦人情の免がれがたき所なり、斯の如く様々の仔細によりて、手前の目かね手前の才智にて人の器量を知らんとするときは必す誤りあることなりと知るへし、

書き下し

此上に上たる人にゑりもとを見る心覚えすあるなり、富貴なる人を善きと見ては、貧賤成る人をは悪きと見ることは、もと女子わらべが怪きものあることにて之をゑりもとを見ると云ふ、上たる人などに箇様なる心有るまじきやうなれども、世末になるに従ひて、人の家筋極まりて上下別々になりたる世界なる故、高位大禄の人を善き人と思ひ、末々の者をはむしけらの如く思ふこと、上たる人にも免がれざる人情なり、此の上に又臣たる人には立身を好む利慾の心人情の免がれざる所なる故、何れも上の御機嫌に合はせ、上の御心を取らんと心懸くること甚たし、何程の名将にても下より之を一大事と心掛けて伺ひねらう所へ手前のものずき心の僻を見とられぬと云ふことなし、是亦人情の免がれがたき所なり、斯の如く様々の仔細によりて、手前の目かね手前の才智にて人の器量を知らんとするときは必す誤りあることなりと知るへし、

現代語訳

そのうえ上に立つ人には、知らず知らず「襟元を見る」心がある。富貴な人を善いと見て、貧賤な人を悪いと見ることは、もともと女子供にありがちな怪しい心で、これを「襟元を見る」という。上に立つ人などにこのような心はあってはならないはずだが、世が末になるにつれて、人の家筋が固まり、上下が別々になった世界であるから、高位大禄の人を善い人と思い、末々の者を虫けらのように思うことは、上に立つ人も免れない人情である。そのうえさらに、臣下には立身を好む利欲の心があり、これも人情として免れないところであるから、誰もが上の御機嫌に合わせ、上の心を取ろうと心がけることが甚だしい。どれほどの名将であっても、下から一大事と心がけてうかがい狙っているところへ、自分の好みや心の癖を見抜かれないということはない。これもまた人情の免れがたいところである。このようにさまざまな理由によって、自分の目利き、自分の才智で人の器量を知ろうとすれば、必ず誤りがあるものと知るべきである。

解説

評価を歪める要因として、徂徠は二つを加える。一つは身分や富で人を測る「襟元を見る」心、もう一つは立身を望む部下が上の好みを読み取って迎合することである。家筋が固定した江戸中期の社会では、上下の隔たりがこうした偏りを強めると見ていた。上の好みはどれほどの名将でも部下に見抜かれるという指摘は鋭い。肩書や学歴で人を判断していないか、部下が自分の好みに合わせた報告をしていないか。評価する側が持つ癖を前提に、仕組みで補うことが求められる。

この章句が説くこと

人材評価迎合偏見人情上下

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