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甲陽軍鑑 / 品第十一

又山本勘介兵法の義も、新當流にてあらざるとて議は勿体なし、新當流にも皆上手斗りは有るまじ、京流にも皆下手斗りも有るまじ、此勘介は白外にても木刀にても、數度手抦有るにおいては、それは上手なり、何の道にも上手をこそほむる者なれそれを辨もずして山本勘介をそしり給ふは、今川殿家運盡きて無穿鑿の故なり、

新字:又山本勘介兵法の義も、新当流にてあらざるとて議は勿体なし、新当流にも皆上手斗りは有るまじ、京流にも皆下手斗りも有るまじ、此勘介は白外にても木刀にても、数度手抦有るにおいては、それは上手なり、何の道にも上手をこそほむる者なれそれを弁もずして山本勘介をそしり給ふは、今川殿家運尽きて無穿鑿の故なり、

書き下し

又山本勘介兵法の義も、新当流にてあらざるとて議は勿体なし、新当流にも皆上手斗りは有るまじ、京流にも皆下手斗りも有るまじ、此勘介は白外にても木刀にても、数度手抦有るにおいては、それは上手なり、何の道にも上手をこそほむる者なれそれを弁もずして山本勘介をそしり給ふは、今川殿家運尽きて無穿鑿の故なり、

現代語訳

また山本勘介の兵法のことも、新当流でないからといって謗るのはもったいない。新当流にもみな上手ばかりはいないであろう。京流にもみな下手ばかりもいないであろう。この勘介は白刃でも木刀でも数度の手柄があるからには、それは上手である。何の道でも上手をこそ褒めるものであるのに、それを弁えずに山本勘介を謗られたのは、今川殿の家運が尽きて無穿鑿であったゆえである。

解説

流派の看板で人を判断する愚かさを突いた段である。新当流にも下手はいるし、京流にも上手はいる。実戦で何度も手柄を立てていれば、それが上手の証である。どの道でも褒めるべきは上手その人であって、流派ではない。出身校や前職の看板で人を見て、実際の成果を確かめないのは、高坂の言う無穿鑿そのものである。家運が尽きる時は、こうした見方が家中にはびこる。

この章句が説くこと

人材流派評価無穿鑿山本勘介見極め

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