慎思録 / 巻之三
後漢明帝馬皇后援之少女也。少喪父。年十歲。幹理家事。勅制僮御。內外諮禀。事同成人。既正位宮闈。愈自謙肅。言及政事。多所毗補。而未甞以家私干欲。寵敬日隆。始終無衰。素好儉。敎授諸小王。論議經書。寢疾不信巫祝小醫。數勅絕禱祀。今按後漢書。馬皇后好學誦讀。其餘嘉言善行多。不可枚擧。可以爲後世后妃之軌則。女中之賢哲。
新字:後漢明帝馬皇后援之少女也。少喪父。年十歳。幹理家事。勅制僮御。内外諮禀。事同成人。既正位宮闈。愈自謙粛。言及政事。多所毗補。而未甞以家私干欲。寵敬日隆。始終無衰。素好倹。教授諸小王。論議経書。寝疾不信巫祝小医。数勅絶祷祀。今按後漢書。馬皇后好学誦読。其余嘉言善行多。不可枚挙。可以為後世后妃之軌則。女中之賢哲。
書き下し
後漢明帝の馬皇后は援の少女なり。少くして父を喪ひ、年十歳にして、家事を幹理し、僮御を勅制し、内外諮稟すること、事成人に同じ。既に宮闈に正位して、愈々自ら謙粛なり。言政事に及べば、毗補する所多し。而して未だ嘗て家私を以て干欲せず。寵敬日に隆く、始終衰ふる無し。素より倹を好む。諸小王に教授し、経書を論議す。疾に寝ねて巫祝小医を信ぜず、数々勅して禱祀を絶つ。今後漢書を按ずるに、馬皇后は学を好み誦読す。其の余の嘉言善行多く、枚挙すべからず。以て後世后妃の軌則、女中の賢哲と為すべし。
現代語訳
後漢の明帝の馬皇后は、馬援の末娘です。幼くして父を亡くし、十歳で家事を取りしきり、召使いを指図し、家の内外の者が相談を持ちかけるさまは、大人と同じでした。皇后の位についてからは、いっそう謙虚で慎み深くなりました。政治の話になると補佐するところが多くありましたが、一度も実家の私事で頼みごとをしたことはありませんでした。帝の寵愛と敬意は日ごとに厚くなり、終始衰えることがありませんでした。もともと倹約を好みました。幼い諸王に教え、経書について議論しました。病に伏しても巫女やいかがわしい医者を信じず、たびたび命じて祈祷をやめさせました。いま『後漢書』を見ると、馬皇后は学問を好んで書を誦読しました。そのほかのよい言葉や行いは多くて数えきれません。後世の后妃の手本であり、女性の中の賢哲といえます。
解説
この章句が説くこと
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