慎思録 / 巻之三
日本紀天智天皇十年。置漏刻於新臺。始打候時動鐘鼓。始用漏刻。延喜式陰陽寮。諸時擊鼓。子午各九下。丑未八下。寅申七下。卯酉六下。辰戌五下。巳亥四下。右日本紀延喜式所載如此。然則本朝一日十二時撞鐘鼓。晝夜各自九至四之數。其由來也尙矣。此數中華歷書亦往往有之。說者以爲。七國時。鬼谷子以此數作納音五行。其數出於先天之圖。而初非爲時鼓而作。但以納音之所由出。故用之而爲時鼓之數歟。蠡海錄所載十二支之數亦然。以爲先天之數。然則此數自中華所傳也。篤信竊謂。時鼓之數。以九起端。逐序計之。過十則除之。而用其奇。晝夜各然。葢用老陽之數者。取陽數之極而變者也。陽統陰矣。故晝夜並用之爲數。其以子午起端者。何也。葢子者陽之始也。午者陰之始也。
新字:日本紀天智天皇十年。置漏刻於新台。始打候時動鐘鼓。始用漏刻。延喜式陰陽寮。諸時撃鼓。子午各九下。丑未八下。寅申七下。卯酉六下。辰戌五下。巳亥四下。右日本紀延喜式所載如此。然則本朝一日十二時撞鐘鼓。昼夜各自九至四之数。其由来也尚矣。此数中華歴書亦往往有之。説者以為。七国時。鬼谷子以此数作納音五行。其数出於先天之図。而初非為時鼓而作。但以納音之所由出。故用之而為時鼓之数歟。蠡海録所載十二支之数亦然。以為先天之数。然則此数自中華所伝也。篤信窃謂。時鼓之数。以九起端。逐序計之。過十則除之。而用其奇。昼夜各然。葢用老陽之数者。取陽数之極而変者也。陽統陰矣。故昼夜並用之為数。其以子午起端者。何也。葢子者陽之始也。午者陰之始也。
書き下し
日本紀天智天皇十年、漏刻を新台に置き、始めて候時を打ちて鐘鼓を動かし、始めて漏刻を用ふ。延喜式陰陽寮、諸時の撃鼓、子午各九下、丑未八下、寅申七下、卯酉六下、辰戌五下、巳亥四下。右日本紀延喜式に載する所此の如し。然らば則ち本朝一日十二時に鐘鼓を撞き、昼夜各九より四に至るの数、其の由来するや尚し。此の数は中華の暦書にも亦往往之有り。説く者以為へらく、七国の時、鬼谷子此の数を以て納音五行を作る。其の数は先天の図に出でて、初め時鼓の為に作るに非ず。但だ納音の由りて出づる所を以て、故に之を用ひて時鼓の数と為すか、と。蠡海録に載する所の十二支の数も亦然り。以て先天の数と為す。然らば則ち此の数は中華より伝ふる所なり。篤信窃かに謂ふ、時鼓の数は、九を以て端を起こし、序を逐ひて之を計へ、十を過ぐれば則ち之を除きて、其の奇を用ふ。昼夜各然り。蓋し老陽の数を用ふる者は、陽数の極まりて変ずる者を取るなり。陽は陰を統ぶ。故に昼夜並びに之を用ひて数と為す。其の子午を以て端を起こす者は、何ぞや。蓋し子は陽の始なり。午は陰の始なり。
現代語訳
『日本書紀』天智天皇十年に、水時計を新しい台に置き、はじめて時刻を打って鐘や鼓を鳴らし、はじめて水時計を用いたとあります。『延喜式』陰陽寮には、各時刻に鼓を打つ数は、子と午が各九つ、丑と未が八つ、寅と申が七つ、卯と酉が六つ、辰と戌が五つ、巳と亥が四つとあります。『日本書紀』と『延喜式』に載るところはこのとおりです。そうであれば、わが国で一日十二の時に鐘鼓を打ち、昼夜それぞれ九から四に至る数は、その由来が古いのです。この数は中国の暦書にもしばしば見えます。説く者は「戦国の七国の時代、鬼谷子がこの数で納音五行を作った。その数は先天図から出たもので、もともと時の鼓のために作ったのではない。ただ納音の出どころであるので、これを用いて時の鼓の数としたのだろう」と言います。『蠡海録』に載る十二支の数も同じで、先天の数としています。そうであれば、この数は中国から伝わったものです。私(篤信)がひそかに思うに、時の鼓の数は九から始め、順に数えていき、十を過ぎたら十を除いて端数を用います。昼も夜もそうです。思うに老陽の数(九)を用いるのは、陽の数が極まって変わるものを取ったのです。陽は陰を統べます。だから昼夜ともにこれを数として用いるのです。子と午から始めるのはなぜでしょうか。思うに子は陽の始まりであり、午は陰の始まりだからです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『淮南子』天文訓夏日至れば則ち陰陽に乘ず。是を以て萬物就きて死す。冬日至れば則ち陽陰に乘ず。是を以て萬物仰ぎて生ず。晝なる者は陽の分、夜なる者は陰の分なり。是を以て陽氣勝てば則ち日修くして夜短く、陰氣勝てば則ち日短くして夜修し。帝四維を張り、之を運らすに斗を以てす。月ごとに一辰を徙り、復た其の所に反る。正月は寅を指し、十二月は丑を指し、一歲にして匝り、終わりて復た始まる。寅を指せば、則ち萬物螾螾たるなり、律は太蔟を受く。太蔟なる者は、蔟りて未だ出でざるなり。卯を指せば、卯は則ち茂茂然たり、律は夾鐘を受く。夾鐘なる者は、種始めて莢するなり。辰を指せば、辰は則ち之を振るうなり、律は姑洗を受く。姑洗なる者は、陳きもの去りて新しきもの來たるなり。巳を指せば、巳は則ち生已に定まるなり、律は仲呂を受く。仲呂なる者は、中充ちて大なるなり。午を指せば、午なる者は、忤なり、律は蕤賓を受く。蕤賓なる者は、安んじて服するなり。未を指せば、未は、昧なり、律は林鐘を受く。林鐘なる者は、引きて止むるなり。申を指せば、申なる者は、之を呻くなり、律は夷則を受く。夷則なる者は、其の則を易うるなり、德以て去るなり。酉を指せば、酉なる者は、飽なり、律は南呂を受く。南呂なる者は、任じて大を包むなり。戌を指せば、戌なる者は、滅なり、律は無射を受く。無射は、入りて厭く無きなり。亥を指せば、亥なる者は、閡なり、律は應鐘を受く。應鐘なる者は、其の鐘に應ずるなり。子を指せば、子なる者は、茲なり、律は黃鐘を受く。黃鐘なる者は、鐘已に黃なるなり。丑を指せば、丑なる者は、紐なり、律は大呂を受く。大呂なる者は、旅旅として去るなり。其の卯酉に加うれば、則ち陰陽分かれ、日夜平らかなり。故に曰く、規は生じ矩は殺し、衡は長じ權は藏し、繩は中央に居りて、四時の根と為る、と。
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『淮南子』天文訓道を規と曰う。一に始まる。一にして生ぜず。故に分かれて陰陽と為り、陰陽合和して萬物生ず。故に曰く、一は二を生じ、二は三を生じ、三は萬物を生ず、と。天地は三月にして一時と為す。故に祭祀は三飯して以て禮と為し、喪紀は三踊して以て節と為し、兵は三罕を重んじて以て制と為す。三を以て物を參し、三三は九の如し。故に黃鐘の律は九寸にして宮音調う。因りて之を九すれば、九九八十一。故に黃鐘の數立つ。黃なる者は、土德の色なり。鐘なる者は、氣の種うる所なり。日冬至に德氣は土と為り、土の色は黃なり。故に黃鐘と曰う。律の數は六、分かれて雌雄と為る。故に十二鐘と曰い、以て十二月に副う。十二は各ミ三を以て成る。故に一を置きて十一たび、之を三すれば、積分十七萬七千一百四十七と為り、黃鐘の大數立つ。凡そ十二律、黃鐘を宮と為し、太蔟を商と為し、姑洗を角と為し、林鐘を徵と為し、南呂を羽と為す。物は三を以て成り、音は五を以て立つ。三と五とは八の如し。故に卵生の者は八竅なり。律の初めて生ずるや、鳳の音を寫す。故に音は八を以て生ず。黃鐘を宮と為す。宮なる者は、音の君なり。故に黃鐘は子に位し、其の數は八十一、十一月を主り、下りて林鐘を生ず。林鐘の數は五十四、六月を主り、上りて太蔟を生ず。太蔟の數は七十二、正月を主り、下りて南呂を生ず。南呂の數は四十八、八月を主り、上りて姑洗を生ず。姑洗の數は六十四、三月を主り、下りて應鐘を生ず。應鐘の數は四十二、十月を主り、上りて蕤賓を生ず。蕤賓の數は五十七、五月を主り、上りて大呂を生ず。大呂の數は七十六、十二月を主り、下りて夷則を生ず。夷則の數は五十一、七月を主り、上りて夾鐘を生ず。夾鐘の數は六十八、二月を主り、下りて無射を生ず。無射の數は四十五、九月を主り、上りて仲呂を生ず。仲呂の數は六十、四月を主り、極まりて生ぜず。徵は宮を生じ、宮は商を生じ、商は羽を生じ、羽は角を生じ、角は姑洗を生じ、姑洗は應鐘を生ず。正音に比するが故に和と為す。應鐘は蕤賓を生ずるも、正音に比せず。故に繆と為す。日冬至には、音は林鐘に比し、浸ミ以て濁る。日夏至には、音は黃鐘に比し、浸ミ以て清む。十二律を以て二十四時の變に應ず。甲子は、仲呂の徵なり。丙子は、夾鐘の羽なり。戊子は、黃鐘の宮なり。庚子は、無射の商なり。壬子は、夷則の角なり。
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『顔氏家訓』書證或るひと問う、「一夜は何が故に五更なるか。更は何の訓ずる所ぞ」と。答えて曰く、「漢・魏以来、謂いて甲夜・乙夜・丙夜・丁夜・戊夜と為す。又た鼓と云い、一鼓・二鼓・三鼓・四鼓・五鼓とも云う。亦た一更・二更・三更・四更・五更とも云う。皆な五を以て節と為す。西都賦にも亦た云う、『衛るに厳更の署を以てす』と。爾る所以の者は、仮令い正月建寅ならば、斗柄は夕には則ち寅を指し、暁には則ち午を指す。寅より午に至るまで、凡そ五辰を歴る。冬夏の月、復た長短参差すと雖も、然れども辰の間は遼闊にして、盈つるも六に過ぎず、縮まるも四に至らず。進退は常に五者の間に在り。更は、歴なり、経なり。故に五更と曰うのみ」と。
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『淮南子』天文訓兩維の間、九十一度と十六分度の五にして、升日一度を行き、十五日を一節と為し、以て二十四時の變を生ず。斗子を指せば則ち冬至、音は黃鐘に比す。十五日を加えて癸を指せば則ち小寒、音は應鐘に比す。十五日を加えて丑を指せば則ち大寒、音は無射に比す。十五日を加えて報德の維を指せば、則ち陰を越えて地に在り。故に日冬至を距ること四十六日にして立春、陽氣凍解すと曰う。音は南呂に比す。十五日を加えて寅を指せば則ち雨水、音は夷則に比す。十五日を加えて甲を指せば則ち雷驚蟄、音は林鐘に比す。十五日を加えて卯を指して繩に中たる。故に春分すれば則ち雷行くと曰う。音は蕤賓に比す。十五日を加えて乙を指せば則ち清明風至る、音は仲呂に比す。十五日を加えて辰を指せば則ち穀雨、音は姑洗に比す。十五日を加えて常羊の維を指せば、則ち春分盡く。故に四十六日有りて立夏、大風濟むと曰う。音は夾鐘に比す。十五日を加えて巳を指せば則ち小滿、音は太蔟に比す。十五日を加えて丙を指せば則ち芒種、音は大呂に比す。十五日を加えて午を指せば則ち陽氣極まる。故に四十六日有りて夏至と曰う。音は黃鐘に比す。十五日を加えて丁を指せば則ち小暑、音は大呂に比す。十五日を加えて未を指せば則ち大暑、音は太蔟に比す。十五日を加えて背陽の維を指せば則ち夏分盡く。故に四十六日有りて立秋、涼風至ると曰う。音は夾鐘に比す。十五日を加えて申を指せば則ち處暑、音は姑洗に比す。十五日を加えて庚を指せば則ち白露降る、音は仲呂に比す。十五日を加えて酉を指して繩に中たる。故に秋分に雷戒め、蟄蟲北に鄉うと曰う。音は蕤賓に比す。十五日を加えて辛を指せば則ち寒露、音は林鐘に比す。十五日を加えて戌を指せば則ち霜降、音は夷則に比す。十五日を加えて𨂜通の維を指せば、則ち秋分盡く。故に四十六日有りて立冬、草木畢く死すと曰う。音は南呂に比す。十五日を加えて亥を指せば則ち小雪、音は無射に比す。十五日を加えて壬を指せば則ち大雪、音は應鐘に比す。十五日を加えて子を指す。故に曰く、陽は子に生じ、陰は午に生ず、と。陽は子に生ず、故に十一月は日冬至、鵲始めて巢を加え、人氣首に鍾まる。陰は午に生ず、故に五月を小刑と為し、薺・麥・亭歷枯れ、冬生の草木必ず死す。
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『淮南子』天文訓古の度量輕重を為すは、天道に生ず。黃鐘の律は脩さ九寸、物は三を以て生ず。三九二十七、故に幅の廣さ二尺七寸。音は八を以て相い生ず。故に人の脩さ八尺、尋は自ら倍す。故に八尺にして尋と為す。形有れば則ち聲有り。音の數は五、五を以て八に乘ずれば、五八四十。故に四丈にして匹と為す。匹なる者は、中人の度なり。一匹にして制と為す。秋分に蔈定まり、蔈定まりて禾熟す。律の數は十二。故に十二蔈にして一粟に當たり、十二粟にして一寸に當たる。律は以て辰に當たり、音は以て日に當たる。日の數は十。故に十寸にして尺と為し、十尺にして丈と為す。其の以て量と為すや、十二粟にして一分に當たり、十二分にして一銖に當たり、十二銖にして半兩に當たる。衡に左右有り、因りて之を倍す。故に二十四銖を一兩と為す。天に四時有り、以て一歲を成す。因りて之を四すれば、四四十六。故に十六兩にして一觔と為す。三月にして一時と為し、三十日を一月と為す。故に三十觔を一鈞と為す。四時にして一歲と為す。故に四鈞を一石と為す。其の以て音と為すや、一律にして五音を生じ、十二律にして六十音と為る。因りて之を六すれば、六六三十六。故に三百六十音、以て一歲の日に當たる。故に律曆の數は、天地の道なり。下生する者は倍し、三を以て之を除く。上生する者は四し、三を以て之を除く。
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『淮南子』天文訓壬午に冬至し、甲子制を受け、木事を用い、火煙青し。七十二日にして丙子制を受け、火事を用い、火煙赤し。七十二日にして戊子制を受け、土事を用い、火煙黃なり。七十二日にして庚子制を受け、金事を用い、火煙白し。七十二日にして壬子制を受け、水事を用い、火煙黑し。七十二日にして歲終わり、庚子制を受く。歲ごとに六日を遷し、數を以て之を推せば、七十歲にして復た甲子に至る。甲子制を受くれば則ち柔惠を行い、群禁を挺き、闔扇を開き、障塞を通じ、木を伐る毋かれ。丙子制を受くれば則ち賢良を舉げ、有功を賞し、封侯を立て、貨財を出だす。戊子制を受くれば則ち老鰥寡を養い、糦鬻を行い、恩澤を施す。庚子制を受くれば則ち牆垣を繕い、城郭を修め、群禁を審らかにし、兵甲を飾り、百官を儆め、不法を誅す。壬子制を受くれば則ち門閭を閉じ、大いに客を搜し、刑罰を斷じ、當罪を殺し、關梁を息め、外徙を禁ず。