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慎思録 / 巻之三

綱常倫理。天下之常經也。亘萬世通四夷。不可變易。若夫禮法制度。有古今異宜。華夷殊俗。隨時隨處。而不相同者。自然之理也。故天下之事。固有可行於古。而復可行於今者。又有可行於古。而不可行於今者。有可行於中華。而復可行於本邦者。有可行於中華。而不可行於本邦者。古今華夷之異宜如此。然則今之制行者。須斟酌於古今華夷之宜與否。而去取之。是可爲知時宜也。苟不測時俗土地之所宜。妄執中華之古禮。欲行之於本邦之今世。譬如不知舟車之異宜於水陸。裘葛之殊用於冬夏。固陋之甚也。是道之所以難行也。

新字:綱常倫理。天下之常経也。亘万世通四夷。不可変易。若夫礼法制度。有古今異宜。華夷殊俗。随時随処。而不相同者。自然之理也。故天下之事。固有可行於古。而復可行於今者。又有可行於古。而不可行於今者。有可行於中華。而復可行於本邦者。有可行於中華。而不可行於本邦者。古今華夷之異宜如此。然則今之制行者。須斟酌於古今華夷之宜与否。而去取之。是可為知時宜也。苟不測時俗土地之所宜。妄執中華之古礼。欲行之於本邦之今世。譬如不知舟車之異宜於水陸。裘葛之殊用於冬夏。固陋之甚也。是道之所以難行也。

書き下し

綱常倫理は、天下の常経なり。万世に亘り四夷に通じて、変易すべからず。若し夫れ礼法制度は、古今宜を異にし、華夷俗を殊にする有り。時に随ひ処に随ひて、相同じからざる者は、自然の理なり。故に天下の事、固より古に行ふべくして、復た今に行ふべき者有り。又古に行ふべくして、今に行ふべからざる者有り。中華に行ふべくして、復た本邦に行ふべき者有り。中華に行ふべくして、本邦に行ふべからざる者有り。古今華夷の宜を異にすること此の如し。然らば則ち今の制行する者は、須らく古今華夷の宜と否とを斟酌して、之を去取すべし。是れ時宜を知ると為すべし。苟も時俗土地の宜しき所を測らずして、妄りに中華の古礼を執りて、之を本邦の今世に行はんと欲するは、譬へば舟車の水陸に宜を異にし、裘葛の冬夏に用を殊にするを知らざるが如し。固陋の甚しきなり。是れ道の行はれ難き所以なり。

現代語訳

君臣・父子・夫婦などの綱常と倫理は、天下の不変の道です。万世にわたり四方の異民族にも通じ、変えてはなりません。しかし礼法や制度は、昔と今とで適するものが異なり、中国と周辺の国とで風俗が違います。時により所によって同じでないのは自然の理です。ですから天下の事には、昔に行えて今も行えるものがあり、昔には行えても今は行えないものがあります。中国で行えて日本でも行えるものがあり、中国では行えても日本では行えないものがあります。古今・内外で適するものが違うことはこのとおりです。そうであれば、今制度を立てて行う者は、古今・内外に適するかどうかをよく考えて取捨しなければなりません。これが時宜を知るということです。もし時の風俗や土地に適するものを測らず、むやみに中国の古い礼に固執して日本の今の世に行おうとするのは、たとえば舟と車が水と陸とで用途が違い、皮衣と葛の衣が冬と夏とで用途が違うのを知らないようなものです。頑固で見識の狭いことはなはだしいものです。これが道が行われにくい理由です。

解説

益軒の礼に対する考え方をよく示す一条です。三綱五常のような倫理は万世不変だが、礼法や制度は時と所に合わせて取捨すべきだと言います。朱子の『家礼』を日本に行うときも、益軒は中国の古礼をそのまま持ち込むことに反対し、『家礼』を日本の実情に合わせて簡略化する姿勢を取りました。原理と運用を分け、原理は守りつつ運用は現場に合わせるという考え方は、海外の制度や他社の成功事例を導入するときの心得としてそのまま使えます。

この章句が説くこと

時宜綱常倫理本邦

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