慎思録 / 巻之三
飮食聲色諸資俸。皆所以養身。復所以病身也。葢用之中節則養。過則病焉。用之者。所以貴愼節之也。記人之功。而忘人之罪。是長者之所以得人心也。漢書曰。項羽於人之功無所記。於人之罪無所忘。愚謂。是念舊惡之事。乃羽之所以失人心而亡也。如本邦近世英雄猛將之亡。亦由侮士與不忘人之舊惡也巳。
新字:飲食声色諸資俸。皆所以養身。復所以病身也。葢用之中節則養。過則病焉。用之者。所以貴慎節之也。記人之功。而忘人之罪。是長者之所以得人心也。漢書曰。項羽於人之功無所記。於人之罪無所忘。愚謂。是念旧悪之事。乃羽之所以失人心而亡也。如本邦近世英雄猛将之亡。亦由侮士与不忘人之旧悪也巳。
書き下し
飲食声色の諸資俸は、皆身を養ふ所以にして、復た身を病ましむる所以なり。蓋し之を用ふること節に中れば則ち養ひ、過ぐれば則ち病む。之を用ふる者は、慎みて之を節する所以を貴ぶなり。人の功を記して、人の罪を忘るるは、是れ長者の人心を得る所以なり。漢書に曰く、項羽は人の功に於て記する所無く、人の罪に於て忘るる所無し、と。愚謂へらく、是れ旧悪を念ふの事にして、乃ち羽の人心を失ひて亡ぶる所以なり。本邦近世の英雄猛将の亡ぶるが如きも、亦士を侮ると人の旧悪を忘れざるとに由るのみ。
現代語訳
飲食や音楽・色事など身を支えるものは、みな身を養うものであり、また身を病ませるものでもあります。用い方が節度にかなえば養いとなり、度を過ぎれば病となります。用いる者は、慎んで節度を守ることを大切にするのです。人の功績を覚えていて人の罪を忘れるのは、徳のある年長者が人の心を得るゆえんです。『漢書』に「項羽は人の功績を覚えておらず、人の罪は忘れなかった」とあります。私が思うに、これは古い悪事を根に持つことで、項羽が人心を失って滅んだ原因です。わが国の近世の英雄や猛将が滅んだのも、士を侮り、人の古い悪事を忘れなかったことによるのです。
解説
二つの話題が一条にまとめられています。前半は、飲食や声色は節度があれば身を養い、過ぎれば病むという益軒の養生論の核心で、『養生訓』の主張と重なります。後半は、人の功を覚え罪を忘れることが人心を得る道だと説き、『漢書』に見える陳平らの項羽評を引きます。『論語』公冶長篇の伯夷叔斉「旧悪を念はず」にも通じます。部下の失敗をいつまでも覚え、成果は忘れてしまう上司は信頼を失うという指摘は、今のリーダーにもそのまま響きます。
この章句が説くこと
節度養生人心旧悪寛容
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