葉隠 / 聞書第一
時により、人に用をいひ、物をもらふ事有り。それも度重ならば、無心になり、いやしかるべし。何とぞ濟む事ならば、用をいはぬやうに有り度きなり。
新字:時により、人に用をいひ、物をもらふ事有り。それも度重ならば、無心になり、いやしかるべし。何とぞ済む事ならば、用をいはぬやうに有り度きなり。
書き下し
時により、人に用(よう)をいい、物をもらう事有り。それも度重(たびかさ)ならば、無心(むしん)になり、いやしかるべし。何とぞ済む事ならば、用をいわぬように有りたきなり。
現代語訳
時には人に頼み事をし、物をもらうこともある。しかしそれも度重なると、あつかましいねだりごとになって、卑しく見えてしまう。どうにか済むことなら、人に頼み事をせずにいたいものである。
解説
人に頼ることの節度を説いた一節です。困ったときに助けを求めるのは悪いことではない。しかし、それが度重なると、頼みは無心(ねだり)に変わり、品位を損なうと戒めます。武士は自立と体面を重んじる身分であり、安易に人の情けにすがることを恥じました。ここには、他人への依存を最小限にとどめ、できる限り自力で処するべきだという矜持がうかがえます。現代でも、周囲に頼ること自体は大切ですが、同じ相手に繰り返し甘えれば関係はすり減っていきます。頼るべきときと自分で片づけるべきときを見極める。その節度の感覚を思い出させてくれる言葉です。
この章句が説くこと
節度自立依存を避ける矜持人に頼ること品位
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