慎思録 / 巻之三
朱子纂輯古昔聖人敎人爲學之遺意。而作小學書。以爲幼學之軌範。凡天下之事。當愼于始。是以初學之要。以正趣向循規矩爲先。是古人所以有小學之敎。而所謂蒙以養正。聖之功也。夫小學之書。是做人之則。修身之大法備焉。然則豈啻幼學之所當從事而已耶。抑亦可以終身朝夕循守而不廢。凡初學之徒。先從事乎此。而正其趣向。循其規矩。則漸收放心。養德性。而他日所以多見多聞。泛應於天下國家之事物之基本。於此乎立矣。苟不如此。而徒溺於口耳之習。放浪于規矩之外。豈可爲君子之學乎。毫釐之差。尙爲千里之謬。其始不可不早辨。
新字:朱子纂輯古昔聖人教人為学之遺意。而作小学書。以為幼学之軌範。凡天下之事。当慎于始。是以初学之要。以正趣向循規矩為先。是古人所以有小学之教。而所謂蒙以養正。聖之功也。夫小学之書。是做人之則。修身之大法備焉。然則豈啻幼学之所当従事而已耶。抑亦可以終身朝夕循守而不廃。凡初学之徒。先従事乎此。而正其趣向。循其規矩。則漸収放心。養徳性。而他日所以多見多聞。泛応於天下国家之事物之基本。於此乎立矣。苟不如此。而徒溺於口耳之習。放浪于規矩之外。豈可為君子之学乎。毫釐之差。尚為千里之謬。其始不可不早弁。
書き下し
朱子、古昔聖人の人に教へて学を為さしむるの遺意を纂輯して、小学の書を作り、以て幼学の軌範と為す。凡そ天下の事は、当に始に慎むべし。是を以て初学の要は、趣向を正し規矩に循ふを以て先と為す。是れ古人の小学の教有る所以にして、所謂蒙以て正を養ふは、聖の功なり。夫れ小学の書は、是れ人と做るの則にして、修身の大法備はる。然らば則ち豈に啻に幼学の当に従事すべき所のみならんや。抑も亦以て終身朝夕循守して廃せざるべし。凡そ初学の徒、先づ此に従事して、其の趣向を正し、其の規矩に循へば、則ち漸く放心を収め、徳性を養ひて、他日多く見多く聞きて、天下国家の事物に泛く応ずる所以の基本、此に於て立つ。苟も此の如くならずして、徒らに口耳の習に溺れ、規矩の外に放浪せば、豈に君子の学と為すべけんや。毫釐の差も、尚ほ千里の謬と為る。其の始は早く弁ぜざるべからず。
現代語訳
朱子は、昔の聖人が人に学問をさせた教えの趣旨を集めて『小学』を作り、幼い者の学びの手本としました。およそ天下の事は始めを慎むべきです。ですから初学の要は、志の向きを正し、決まりに従うことを第一とします。これが昔の人に小学の教えがあった理由で、いわゆる「幼いうちに正しさを養うのは聖人となる功である」ということです。『小学』は人となるための法則であり、修身の大きな方法がそろっています。そうであれば、どうして幼い者が取り組むだけのものでしょうか。一生朝夕守り続けて捨ててはならないものです。初学の者はまずこれに取り組み、志の向きを正し決まりに従えば、次第に散った心を収め徳性を養い、後日たくさん見聞きして天下国家の事にひろく応じる基礎がここに立ちます。もしそうせずに、ただ口と耳だけの学習におぼれ、決まりの外をさまよえば、どうして君子の学問といえましょう。わずかな差もやがて千里の誤りになります。その始めは早くわきまえなければなりません。
解説
この章句が説くこと
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