慎思録 / 巻之二
人之生質。有蔽有偏。故學術亦有此病。蔽者其害猶淺而易開。開則明也。偏者其害深矣。確乎難開。固滯而成癖。不可挽回。故偏之爲病。甚於蔽。古今之學士。雖英才。往往學術偏僻。而不移者多矣。近世之學者。拘舊習。阿所好。而成癖。終身不通悟者多矣。
新字:人之生質。有蔽有偏。故学術亦有此病。蔽者其害猶浅而易開。開則明也。偏者其害深矣。確乎難開。固滞而成癖。不可挽回。故偏之為病。甚於蔽。古今之学士。雖英才。往往学術偏僻。而不移者多矣。近世之学者。拘旧習。阿所好。而成癖。終身不通悟者多矣。
書き下し
人の生質に、蔽有り偏有り。故に学術にも亦た此の病有り。蔽なる者は其の害猶ほ浅くして開き易し。開けば則ち明らかなり。偏なる者は其の害深し。確乎として開き難く、固滞して癖を成し、挽回すべからず。故に偏の病為る、蔽よりも甚だし。古今の学士、英才と雖も、往々にして学術偏僻にして、移らざる者多し。近世の学者は、旧習に拘はり、好む所に阿りて、癖を成し、終身通悟せざる者多し。
現代語訳
人の生まれつきの性質には、覆われている「蔽」と、偏っている「偏」とがあります。だから学問にもこの病があります。蔽はその害がまだ浅く、開きやすいものです。開けば明らかになります。偏はその害が深い。固くて開きにくく、固まって癖となり、取り返しがつきません。だから偏の病は蔽よりも重いのです。昔も今も学者は、優れた才能があっても、しばしば学問が偏って、改まらない者が多い。近ごろの学者は、古い習わしにこだわり、自分の好みにおもねって癖となり、一生悟りに通じない者が多いのです。
解説
知らないために見えない「蔽」と、思い込みで曲がって見る「偏」とを区別し、後者のほうが重い病だと説く条です。『荀子』解蔽篇の蔽の議論を思わせますが、益軒は、無知は学べば晴れるが、偏った見方は癖となって自分では直せない、と一歩進めています。才能のある人ほど自説に固執しやすい、という指摘も鋭いものです。知らないことは恥ではないが、自分の見方の偏りに気づかないことこそ危うい。経験を積んだ人ほど心に留めたい一条です。
この章句が説くこと
偏見蔽学問癖固執
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