慎思録 / 巻之二
人心之隱微。不可窺測。衆人之毀譽。不足盡信。吾人之知識。不能明察。是所以知人之難也。威儀文辭。末也表也。可爲輕。仁義忠信。本也裏也。可爲重。夫仁義忠信。固當努力。而威儀文辭。亦所當脩飾也。何則仁義忠信威儀文辭。雖有內外本末輕重之異。皆是吾人身上可存之事。不可偏廢。君子之道。兼內外本末。而可稱全備也。
新字:人心之隠微。不可窺測。衆人之毀誉。不足尽信。吾人之知識。不能明察。是所以知人之難也。威儀文辞。末也表也。可為軽。仁義忠信。本也裏也。可為重。夫仁義忠信。固当努力。而威儀文辞。亦所当脩飾也。何則仁義忠信威儀文辞。雖有内外本末軽重之異。皆是吾人身上可存之事。不可偏廃。君子之道。兼内外本末。而可称全備也。
書き下し
人心の隠微は、窺ひ測るべからず。衆人の毀誉は、尽くは信ずるに足らず。吾人の知識は、明察すること能はず。是れ人を知るの難き所以なり。威儀文辞は、末なり表なり。軽しと為すべし。仁義忠信は、本なり裏なり。重しと為すべし。夫れ仁義忠信は、固より当に努力すべし。而して威儀文辞も、亦た当に修飾すべき所なり。何となれば則ち仁義忠信威儀文辞は、内外本末軽重の異有りと雖も、皆是れ吾人の身上に存すべきの事にして、偏廃すべからず。君子の道は、内外本末を兼ねて、全備と称すべきなり。
現代語訳
人の心の奥深くかすかなところは、うかがい測ることができません。多くの人のそしりやほめ言葉は、すべて信じるには足りません。私どもの知識では、はっきり見抜くことができません。これが人を知ることの難しいわけです。立ち居振る舞いや言葉づかい・文章は、末であり表です。軽いものとすべきです。仁義忠信は、根本であり裏です。重いものとすべきです。仁義忠信はもちろん努めるべきです。しかし立ち居振る舞いや言葉づかいも、整え飾るべきものです。なぜなら、仁義忠信と立ち居振る舞い・言葉とは、内外・本末・軽重の違いはあっても、みな私どもの身の上に保つべき事であり、どちらかを捨ててはならないからです。君子の道は、内と外、本と末を兼ねてこそ、完全に備わったと言えるのです。
解説
この章句が説くこと
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司馬法・嚴位凡そ大善は本を用い、其の次は末を用う。略を執り微を守り、本末は唯(た)だ権(はか)るのみ、戦なり。
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