慎思録 / 巻之二
人之在世也。可恥者五。寒餓之士。轉死于溝壑者。不與存焉。爲人子者。不孝而不順父母。一可恥也。爲人臣者。居其位而素餐。且不死節。二可恥也。爲民之父母。而不能養其民。三可恥也。學而不能知道。四可恥也。知而不能行。五可恥也。
新字:人之在世也。可恥者五。寒餓之士。転死于溝壑者。不与存焉。為人子者。不孝而不順父母。一可恥也。為人臣者。居其位而素餐。且不死節。二可恥也。為民之父母。而不能養其民。三可恥也。学而不能知道。四可恥也。知而不能行。五可恥也。
書き下し
人の世に在るや、恥づべき者五つ。寒餓の士、溝壑に転死する者は、与り存せず。人の子為る者、不孝にして父母に順はざる、一の恥づべきなり。人の臣為る者、其の位に居りて素餐し、且つ節に死せざる、二の恥づべきなり。民の父母為りて、其の民を養ふこと能はざる、三の恥づべきなり。学びて道を知ること能はざる、四の恥づべきなり。知りて行ふこと能はざる、五の恥づべきなり。
現代語訳
人がこの世にあって、恥ずべきことが五つあります。凍え飢えて溝や谷に倒れ死ぬ士は、これには含まれません。人の子でありながら、不孝で父母に従わないのが、第一の恥です。人の臣でありながら、その地位にいて何もせずに禄を食み、しかも節義に殉じないのが、第二の恥です。民の父母(治める者)でありながら、その民を養えないのが、第三の恥です。学んでいながら道を知ることができないのが、第四の恥です。知っていながら行うことができないのが、第五の恥です。
解説
人として恥ずべきことを五つに整理した条です。貧しさのために餓死することは恥ではない、と最初に断っているのが重要で、恥は境遇ではなく務めを果たさないことにある、という考えがはっきりしています。子・臣・治者・学者・知る者と、立場ごとの務めが並び、最後の「知りて行ふこと能はず」は、二・三十の知行論ともつながります。自分の今の立場で果たすべき務めを果たしているか、五つの物差しで点検してみることができます。
この章句が説くこと
恥孝職分知行素餐
関連する章句
-
『慎思録』巻之六家に居て孝ならず、君に事へて忠ならざるは、厥の罪惟れ鈞し。不忠の人は、君得て之を斥く。不孝の人は、父忍びて之を容る。惟だ幸ひにして免るるのみ。人の子たる者、父の忍び容るる所と為るは、此れ不孝の甚だしきなり。父の譴責を被らずと雖も、豈に恥づる心あらざるべけんや。
-
『武士道』第八章 名譽・恥を知るは諸徳の原たとひ微小なりとも、創を蒙らんことは我が願ふ所にあらず』と。白石の既に少年の日に当り、いやしくも節を屈し、恥を負ふの事を甘んじ、以て畢生の大創を蒙り、敢て其天分を壊り、品性を害することを肯ぜざりしもの、実に士たるの本懐を吐露して違はざりしものと謂ふべし。孟子が『羞悪の心は義の端なり』と教へてより後、二千年にして、カーライルは殆ど同義の弁をなして曰へり。『恥を知るは、諸徳の原、良容善行の根なり』と。武士は恥を恐るること甚だしきものありき。我国文学は、シェイクスピアがノーフォークの口に上ぼせたるが如き雄弁なる詞句を有せざれど、なお恥を恐るるの念は、武士の頭上に懸れるダモクレスの剣なりき。然り、恥を恐るるは大に可なり。されど其の過ぐるや、往々病的なる性質を帯ぶることなきにあらず。
-
論語・憲問篇憲、恥を問う。子曰わく、邦に道あれば穀し、邦に道無くして穀するは、恥なり。
-
『正法眼蔵随聞記』巻三是れに愧て辞すといへども、猶終に首座に請す、其の後元首座此の詞はを記録して、自らを愧しめて師の美言を顕はす、今ま是を案ずるに、昇進を望み、物のかしらとなり、長老とならんと思ふことをば、古人是を慚ぢしむ、只道を悟らんとのみ思ふて余事あるべからず、
-
『武士道』第八章 名譽・新井白石と小蛇の創史上、哀事多し。されど未だ人類の母エバが、騒立つ胸、戦く指に、粗き針取りて、憂に沈める良人の摘み与ふる無花果の葉を綴るの光景の如く哀しきはあらず。神明に背く覿面の罪果は、人間に固着して離るべからず。裁縫の技の如何に精妙を極むとも、未だ羞恥を包むに足るべき蔽膝を縫ふ能はず。新井白石の年少うして苦学するや、富人某といふものあり、其志の超凡なるを見、之に孫女を妻はし、且つ給するに勤学の資を以てせんと乞ひしに、白石之を辞し、『昔、霊潭に小蛇棲めり。人あり小刀を抜き、其腮に微傷を負はしむるや、たちまち丈余の大蛇と化して斃れ、頭上に尺余の創痕を有したりと云ふ。富人の欲する所は、即ち小蛇を傷くることなり。されど後来、我れ家を興し、名を成さんには、其創ことに大なるものあらん。
-
『正法眼蔵随聞記』巻六示して云く、人を愧づべくんば明眼の人を愧づべし、予在宋の時天童の浄和尚、侍者に請するにいはく、元子は外国人たりといへども、器量人なりと云ふて請す、予堅く此を辞す、其故は和国に聞へん為にも、学道の稽古の為にも、大切なれども、衆中に具眼の人ありて、外国人として大叢林の侍者たらんこと、大国に人なきに似たりと難ずることやあらん、最もはぢつべしと思ひて、書状を以て此旨をのべしかば、浄和尚聞て、国を重んじ、人を愧づることを感じ、許して更に請し玉はざりしなり、