慎思録 / 巻之二
吳康齋凡遇逆境。必加含容。用力既久。渾然無復圭角之露。篤信謂。是可以爲動心忍性。變化氣質之法。王守仁示子姪曰。習俗移人。如油漬麪。雖賢者不免。况爾曹能無溺乎。此言雖出于異學之人。亦可取。
新字:呉康斎凡遇逆境。必加含容。用力既久。渾然無復圭角之露。篤信謂。是可以為動心忍性。変化気質之法。王守仁示子姪曰。習俗移人。如油漬麪。雖賢者不免。況爾曹能無溺乎。此言雖出于異学之人。亦可取。
書き下し
呉康斎は凡そ逆境に遇へば、必ず含容を加ふ。力を用ゐること既に久しくして、渾然として復た圭角の露はるること無し。篤信謂ふ、是れ以て動心忍性、気質を変化するの法と為すべし。王守仁の子姪に示して曰く、習俗の人を移すこと、油の麪を漬すが如し。賢者と雖も免れず。況んや爾曹能く溺るること無からんや、と。此の言は異学の人に出づと雖も、亦た取るべし。
現代語訳
呉康斎は逆境にあうたびに、必ず包み容れる工夫を加えました。長く力を用いた結果、円満になって、もはや角が表に出ることがなくなりました。私篤信が思うに、これは心を奮い立たせ性を忍ばせ、気質を変化させる方法とすべきです。王守仁が甥たちに示して「世の習わしが人を変えるのは、油が麺に染みこむようなものだ。賢者でも免れない。ましてお前たちが溺れずにいられようか」と言いました。この言葉は異なる学派の人から出たものですが、やはり取るべきものです。
解説
前半は逆境を受け容れて気質を変えた明の呉与弼(康斎)の話、後半は王陽明の習俗の戒めで、二つの条が一単位になっています。「動心忍性」は『孟子』告子下、気質の変化は朱子学の修養の目標です。陽明学を異端とした益軒が(二・六十七)、よい言葉は学派を問わず取る、と言っている点が印象的です。周りの空気や業界の慣習は、油のように知らぬ間に染みこむものです。逆境で角を削る工夫と、習俗に染まらない用心の両方を教えてくれます。
この章句が説くこと
含容気質習俗逆境陽明
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