慎思録 / 巻之二
嶺南多毒。而有金蛇白藥。以治毒。湖南多氣。而有薑橘茱萸。以治氣。南方多濕。而有檳榔。食之治瘴癘。如此之類猶多。而不可枚擧。是天地之所以寵異於人也。莪朮欝金生薑紅蕉幽蘭頼桐番薯甘藷之類。冬在圃中。則根悉爛死矣。人埋之於暖處。則活。是天地之所不能保護生活。而有待人力而存焉。此知天之愛人也厚。愛物也薄。夫天地之於人物也。愛之之理則一。而育之之分則殊。其厚於人而薄於物乃自然之理也。然則爲人者。豈可不知天地生育之恩至厚乎哉。
新字:嶺南多毒。而有金蛇白薬。以治毒。湖南多気。而有薑橘茱萸。以治気。南方多湿。而有檳榔。食之治瘴癘。如此之類猶多。而不可枚挙。是天地之所以寵異於人也。莪朮欝金生薑紅蕉幽蘭頼桐番薯甘藷之類。冬在圃中。則根悉爛死矣。人埋之於暖処。則活。是天地之所不能保護生活。而有待人力而存焉。此知天之愛人也厚。愛物也薄。夫天地之於人物也。愛之之理則一。而育之之分則殊。其厚於人而薄於物乃自然之理也。然則為人者。豈可不知天地生育之恩至厚乎哉。
書き下し
嶺南は毒多くして、金蛇白薬有りて、以て毒を治す。湖南は気多くして、薑橘茱萸有りて、以て気を治す。南方は湿多くして、檳榔有り。之を食へば瘴癘を治す。此くの如きの類猶ほ多くして、枚挙すべからず。是れ天地の人を寵異する所以なり。莪朮、欝金、生姜、紅蕉、幽蘭、頼桐、番薯、甘藷の類は、冬圃中に在れば、則ち根悉く爛死す。人之を暖処に埋むれば、則ち活く。是れ天地の保護生活すること能はずして、人力を待ちて存する所有るなり。此に天の人を愛するや厚く、物を愛するや薄きを知る。夫れ天地の人物に於けるや、之を愛するの理は則ち一にして、之を育するの分は則ち殊なり。其の人に厚くして物に薄きは、乃ち自然の理なり。然らば則ち人為る者、豈に天地生育の恩の至って厚きを知らざるべけんや。
現代語訳
嶺南(中国南部)は毒が多いが、金蛇や白薬があって毒を治します。湖南は気の病が多いが、生姜・橘・茱萸があって気を治します。南方は湿気が多いが、檳榔があり、これを食べれば風土病を治します。このような類はなお多く、数え上げることができません。これは天地が人を特に愛しているからです。莪朮・鬱金・生姜・紅蕉・幽蘭・頼桐・番薯・甘藷の類は、冬に畑の中にあれば、根がみな腐って枯れてしまいます。人がこれを暖かい所に埋めれば生きます。これは天地が保護して生かすことができず、人の力を待って生き残るものがあるということです。これによって、天が人を愛することは厚く、物を愛することは薄いと知ります。そもそも天地の人と物に対する、愛する理は一つですが、育てる分け前は異なります。人に厚く物に薄いのは、自然の理です。そうであれば、人である者は、天地が生み育てる恩がこの上なく厚いことを知らないでいられましょうか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『呻吟語』内篇・談道・幽に處りて明を燭らすを神照と謂ふ明に處りて幽を燭らせば、未だ物を見る能はずして物先に之を見る。幽に處りて明を燭らす、是れを神照と謂ふ。是の故に言はざる者は喑に非ず、視ざる者は盲に非ず、聽かざる者は聾に非ず。
-
人物志・八觀七に曰く、其の短なる所を観て、以て長なる所を知る。
-
『学問のすゝめ』十二編・演説の法を勧むるの説・視察、推究、読書、談話、著書、演説ゆえに学問の本趣意は読書のみにあらずして、精神の働きにあり。この働きを活用して実地に施すにはさまざまの工夫なかるべからず。オブセルウェーションとは事物を視察することなり。リーゾニングとは事物の道理を推究して自分の説を付くることなり。この二ヵ条にてはもとよりいまだ学問の方便を尽くしたりと言うべからず。なおこのほかに書を読まざるべからず、書を著わさざるべからず、人と談話せざるべからず、人に向かいて言を述べざるべからず、この諸件の術を用い尽くしてはじめて学問を勉強する人と言うべし。すなわち視察、推究、読書はもって智見を集め、談話はもって智見を交易し、著書、演説はもって智見を散ずるの術なり。然りしこうしてこの諸術のうちに、あるいは一人の私をもって能くすべきものありといえども、談話と演説とに至りては必ずしも人とともにせざるを得ず。演説会の要用なることもって知るべきなり。
-
人物志・自序其の安んずる所を察し、其の由る所を觀て、以て居止の行を知る。
-
孫子・行軍篇令素より行われて以て其の民を教うれば、則ち民服す。令素より行われずして以て其の民を教うれば、則ち民服せず。令素より行わるる者は、衆と相得るなり。
-
『呻吟語』内篇・問學・怠惰の時に工夫を看る怠惰の時に工夫を看、脫略の時に點檢を看、喜怒の時に涵養を看、患難の時に力量を看る。