慎思録 / 巻之二
好責人之所不能。誹人之所短。是人之所不喜。取恨之道也。可謂刻薄。而不忠厚之人也。待人寬恕。不刻薄。則人悅服。夫子所謂躬自厚。而薄責於人。則遠怨者。是也。
新字:好責人之所不能。誹人之所短。是人之所不喜。取恨之道也。可謂刻薄。而不忠厚之人也。待人寛恕。不刻薄。則人悦服。夫子所謂躬自厚。而薄責於人。則遠怨者。是也。
書き下し
好んで人の能はざる所を責め、人の短き所を誹るは、是れ人の喜ばざる所にして、恨みを取るの道なり。刻薄にして、忠厚ならざるの人と謂ふべきなり。人を待つに寛恕にして、刻薄ならざれば、則ち人悦服す。夫子の所謂躬自ら厚くして、薄く人を責むれば、則ち怨みに遠ざかる者、是れなり。
現代語訳
好んで人のできないことを責め、人の短所をそしるのは、人が喜ばないことで、恨みを買う道です。冷酷で思いやりがない人と言うべきです。人に接するのに寛く思いやりがあり、冷酷でなければ、人は喜んで従います。孔子のいう「自分を厚く責め、人を薄く責めれば、怨みから遠ざかる」というのがこれです。
解説
人の短所を責めることは怨みを招くだけだ、という短い戒めの条です。結びは『論語』衛霊公篇の「躬自ら厚くして薄く人を責むれば、則ち怨みに遠ざかる」で、二・三十二の「自反」でも引かれた言葉です。できないことを指摘するのは簡単ですが、それで相手が変わることは少なく、関係が冷えるばかりです。部下や家族の欠点が気になった時、まず寛く接し、自分の側の至らなさを振り返る。その方が人は心から動く、と教えてくれます。
この章句が説くこと
寛恕責己怨み忠厚接人
関連する章句
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論語・衛霊公篇子曰わく、身をもって厚くし、人を責むること薄ければ、すなわち怨み遠し。
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『慎思録』巻之二自反とは、行ひて得ざること有れば、反りて諸を己に求め、人を責めずして己を責むるの謂なり。躬自ら厚くして、薄く人を責め、其の過ちを見て、内に自ら訟むる者なり。蓋し能く自反する者は、怨尤無し。声色を動かさずして、人従ひ易く、且つ感じ易し。是れ己を修め人に接するの要道なり。
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『慎思録』巻之二人に過失有るは、其の偏性に由る。彼の頑愚は奈何ともすべからず。或いは時勢に已むを得ざるに出づる者有り。皆当に宥恕すべき所なり。譴責すること太だ厳急なるべからず。惟だ容るること有れば、徳則ち大なり。又宥恕すべからざる者有り。一概に論じ難し。
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『慎思録』巻之四恭にして和なるは、友に交はるの道なり。厳にして寛なるは、下に接するの道なり。蓋し恭にして厳なれば、則ち己を失はず。和にして寛なれば、則ち人を失はず。李白の詩に曰く、他人方寸の間、山海幾千里、と。言ふこころは、我他人の心曲を知ること能はず、他人も亦た焉んぞ能く我の心曲を知らん。然らば則ち彼我何ぞ能く心を傾けて相信ぜんや。故に孔子曰く、人の己を知らざるを患へず、人を知らざるを患ふ、と。
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『格言聯璧』接物類・毛を吹き垢を索めて人の得失を議す人を待つには當に過有る中より過無きを求むべし、但だ厚きを存するのみに非ず、亦た且つ怨みを解く。 事の後にして人の得失を議し、毛を吹き垢を索めて、絲毫も放寬するを肯んぜず。試みに思へ、己其の局に當らば未だ必ずしも能く彼の萬一をも效さざらんことを。 旁觀して人の短長を論じ、隱を抉り微を摘みて、些須の余地をも留めず。試みに思へ、己其の毀を受けば、未だ必ずしも能く意を安んじて順ひ承けざらんことを。
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『呻吟語』内篇・倫理・人を攻むるに、其の過を盡くさず人を責めて口を閉ぢ舌を捲き、面赤く背に汗する時に到るも、猶ほ刺刺として已まざるは、豈に心を快くせざらんや。然れども淺隘刻薄なること甚だし。故に君子の人を攻むるは、其の過を盡くさず、須らく含蓄して以て人の愧懼を餘し、其をして自ら新たならしむべし。方めて趣味有り、是れを善を以て人を養ふと謂ふ。