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慎思録 / 巻之二

人有過失。由其偏性。彼之頑愚。不可奈何。或時勢有出乎不得已者。皆所當宥恕也。不可譴責太嚴急。惟有容。德則大也。又有不可宥恕者。難一槩論。

新字:人有過失。由其偏性。彼之頑愚。不可奈何。或時勢有出乎不得已者。皆所当宥恕也。不可譴責太厳急。惟有容。徳則大也。又有不可宥恕者。難一槩論。

書き下し

人に過失有るは、其の偏性に由る。彼の頑愚は奈何ともすべからず。或いは時勢に已むを得ざるに出づる者有り。皆当に宥恕すべき所なり。譴責すること太だ厳急なるべからず。惟だ容るること有れば、徳則ち大なり。又宥恕すべからざる者有り。一概に論じ難し。

現代語訳

人に過失があるのは、その偏った性質によります。その人の頑なさや愚かさは、どうしようもありません。あるいは時の勢いでやむを得ずにしたこともあります。これらはみな許すべきものです。責め立てることがあまりに厳しく性急であってはなりません。ただ包み容れることがあれば、徳は大きくなるのです。また一方で、許してはならないものもあります。一概には論じられません。

解説

人の過ちの多くは性分や事情から出るので、まずは許して容れよ、と説く条です。「容るること有れば徳乃ち大なり」は、先の条(二・十六)でも引かれた『書経』君陳篇の言葉です。それでも最後に「宥恕すべからざる者有り、一概に論じ難し」と付け加えるところに、益軒の現実感覚があります。部下や家族の失敗に向き合うとき、性分か事情か、それとも見過ごせない悪か、を見分けたうえで寛く接することを勧める一条です。

この章句が説くこと

寛容過失宥恕

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