大和俗訓 / 巻之七・躬行下
一子曰、躬自ら厚くして、人を責むるに薄ければ、うらみに遠ざかる。言ふ意は、わが身の行をあつくし、十分に善くせんことを求めて、常に我が身の行のたらざる事を思ひて、つとめ行ふべし。人の足らざるをゆるして責むべからず。かくの如くすれば、人の怨なし。
書き下し
一子曰、躬自ら厚くして、人を責むるに薄ければ、うらみに遠ざかる。言ふ意は、わが身の行をあつくし、十分に善くせんことを求めて、常に我が身の行のたらざる事を思ひて、つとめ行ふべし。人の足らざるをゆるして責むべからず。かくの如くすれば、人の怨なし。
現代語訳
孔子は「自らを厚く責めて、人を責めることが薄ければ、恨みから遠ざかる」と言われました。その意味は、自分の身の行いを厚くし、十分によくしようと求めて、いつも自分の行いの足りないことを思って努め行い、人の足りないところは許して責めてはいけない、ということです。このようにすれば、人の恨みはありません。
解説
『論語』衛霊公篇の「躬自ら厚くして薄く人を責むれば、則ち怨みに遠ざかる」を引いています。自分には厳しく高い基準を求め、人には寛大であれば、恨まれることはないという教えです。これまで何度も繰り返されてきた益軒の中心的な考えを、孔子の言葉で裏づけています。人間関係のもつれの多くは、相手への期待と不満から生まれます。自分の改善に力を注ぎ、相手の不足には目をつぶる。それだけで、職場でも家庭でも衝突はずっと減るでしょう。
この章句が説くこと
自省寛容論語恨み修身
関連する章句
-
論語・公冶長篇子曰く、已んぬるかな。吾未だ能く其の過を見て、内に自ら訟むる者を見ざるなり。
-
『甲陽軍鑑』品第四十但しさやうの人は我心よきまゝに大略の人をあさくみて自慢の意地ある者なり、とてもの儀に慢気なくして、年增をばうやまい、年おとりを引きたて、同年をばたがひにうちとけ、其中によく近づく人のたらぬ事ある共よく異見を仕り、惣別人も我もよきやうにと存知、少しもへつらふたる儀いでば、心に心を耻る人は何に付けても大きにほめたる事なりといふて、
-
葉隠・聞書第一若き時分、残念記と名づけて、その日その日の誤りを書き付けて見たるに、二十・三十なき日はなし。果てもなく候。今にも一日の事を寝てから案じて見れば、言ひそこなひ、仕そこなひのなき日はなし。さても成らぬものなり。利発任せにする人は、了簡(りょうけん)に及ばざることなり。
-
説苑・君道宋大水す。魯人之を弔いて曰く、「天淫雨を降らし、谿谷満盈し、延いて君の地に及び、以て執政を憂えしむ、臣をして敬んで弔わしむ」と。宋人之に応えて曰く、「寡人不佞にして、斎戒謹まず、邑封修まらず、人を使うこと時ならず、天殃を加え、又君の憂いを遺す、命を拝するの辱を」と。君子之を聞きて曰く、「宋国其れ庶幾からんか」と。問いて曰く、「何の謂いぞや」と。曰く、「昔夏の桀殷の紂は其の過ちを任ぜず、其の亡ぶるや忽焉たり。成湯文武は其の過ちを任ずることを知り、其の興るや勃焉たり。夫れ過ちて之を改むるは、是れ猶お過たざるがごとし。故に曰く其れ庶幾からんかと」と。宋人之を聞き、夙に興き夜に寐ね、早に朝し晏に退き、死を弔い疾を問い、力を宇内に戮す。三年にして、歳豊かに政平らかなり。嚮に宋人をして君子の語を聞かざらしめば、則ち年穀未だ豊かならずして国未だ寧からず。詩に曰く、「時の仔肩を佛け、我に顕徳の行いを示す」と、此を之れ謂うなり。
-
人物志・釋爭若し彼賢にして我が前に処らば、則ち我が徳の未だ至らざるなり。
-
『呻吟語』序・予は乃ち九たび臂を折れり予小子、生まれながらにして昏弱にして病を善くす。病む時に呻吟し、輒ち苦しむ所を志して以て自ら恨みて曰く、「疾を慎み、復た病むこと無かれ」と。已にして慎まず、又復た病めば、輒ち又之を志す。蓋し世の病、備さに經たれば、勝げて志す可からず。一病數〻經るも、竟に懲るる能はず。語に曰く、「三たび肱を折りて良醫と成る」と。予は乃ち九たび臂を折れり。㽸痼年年、呻吟猶ほ昨のごとし。嗟嗟、多病なれば完き身無く、久病なれば完き氣無し。予奄奄として視息す、而るに人ならんや。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る