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慎思録 / 巻之二

造化之于人。不靳富貴爵祿。而獨靳于德。此造化非有心于靳惜。自然而然。故富貴者。古今常多。賢哲者。古今常少焉。葢德是天地神秀之氣。純粹精美之理。鍾會附與于人身者也。夫陰陽之氣。雖充塞于霄壤之間。然淸明粹美者少矣。故人之生。禀受其淸粹之氣者甚寡。不亦宜乎。此所以君子常寡。小人常衆也。天之降命也。令人有德而知道者。是天之獨所寵異於君子。百倍于富貴爵祿之厚其生者。此君子之所以爲至樂。而不願富貴爵祿也。然則學者當不憂貧賤不遇。而特可憂學之不講德之不修而已。

新字:造化之于人。不靳富貴爵禄。而独靳于徳。此造化非有心于靳惜。自然而然。故富貴者。古今常多。賢哲者。古今常少焉。葢徳是天地神秀之気。純粋精美之理。鍾会附与于人身者也。夫陰陽之気。雖充塞于霄壤之間。然清明粋美者少矣。故人之生。禀受其清粋之気者甚寡。不亦宜乎。此所以君子常寡。小人常衆也。天之降命也。令人有徳而知道者。是天之独所寵異於君子。百倍于富貴爵禄之厚其生者。此君子之所以為至楽。而不願富貴爵禄也。然則学者当不憂貧賤不遇。而特可憂学之不講徳之不修而已。

書き下し

造化の人に於けるや、富貴爵禄を靳しまずして、独り徳を靳しむ。此れ造化靳惜に心有るに非ず、自然にして然り。故に富貴なる者は、古今常に多く、賢哲なる者は、古今常に少なし。蓋し徳は是れ天地神秀の気、純粋精美の理にして、鍾会して人身に附与する者なり。夫れ陰陽の気は、霄壌の間に充塞すと雖も、然れども清明粋美なる者は少なし。故に人の生まるる、其の清粋の気を禀受する者甚だ寡し。亦た宜ならずや。此れ君子の常に寡く、小人の常に衆き所以なり。天の命を降すや、人をして徳有りて道を知らしむる者は、是れ天の独り君子を寵異する所にして、富貴爵禄の其の生を厚くする者に百倍す。此れ君子の以て至楽と為して、富貴爵禄を願はざる所以なり。然らば則ち学者は当に貧賤不遇を憂へずして、特に学の講ぜざる、徳の修まらざるを憂ふべきのみ。

現代語訳

天地の造化は、人に対して富貴や爵禄は惜しまずに与えますが、ただ徳だけは惜しみます。これは造化が惜しもうという心を持っているのではなく、自然にそうなるのです。だから富貴な者は昔も今もいつも多く、賢く優れた者は昔も今もいつも少ないのです。思うに徳は、天地の霊妙で秀でた気、純粋で精美な理が、集まって人の身に与えられたものです。陰陽の気は天地の間に満ちていますが、清らかで明るく純粋で美しいものは少ない。だから人が生まれるとき、その清らかで純粋な気を受ける者はたいへん少ないのです。当然ではありませんか。これが君子がいつも少なく、小人がいつも多いわけです。天が命を下して、人に徳を持たせ道を知らせるのは、天が特に君子を寵愛して他と区別するものであり、富貴や爵禄がその生活を厚くするのに百倍します。これが君子が徳を最上の楽しみとして、富貴や爵禄を願わないわけです。そうであれば、学ぶ者は貧賤や不遇を憂えず、ただ学問が講じられず、徳が修まらないことを憂えるべきなのです。

解説

富や地位は多くの人に与えられるが、徳は天が最も惜しんで与えるものだ、という条です。清く純粋な気を受けた者だけが徳を持つという説明は、朱子学の気質の考え方にもとづきます。結びの「学の講ぜざる、徳の修まらざるを憂ふ」は『論語』述而篇の「徳の修まらざる、学の講ぜざる……是れ吾が憂ひなり」を踏まえています。出世や収入で他人と比べて落ち込むとき、本当に得がたいものは何か、と価値の物差しを取り戻させてくれる一条です。

この章句が説くこと

富貴気質学問

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