慎思録 / 巻之二
爰延曰。善人同處。則日聞嘉訓。惡人從游。則日生邪情。是言交游不可不愼擇也。張良助高祖。能成大功。豈止其智謀之力過人而已乎。抑又因逢不世出之英主。當人心叛秦項羽無謀。天命方順漢之時也。若諸葛孔明雖身任將相。然不能成恢復之功。豈其才畧之力不足耶。抑因國小力弱。曹操亦智勇過人也。二人禍福不同。非天命之所致乎。然則不可以功之成否論人才之良否也。
新字:爰延曰。善人同処。則日聞嘉訓。悪人従游。則日生邪情。是言交游不可不慎択也。張良助高祖。能成大功。豈止其智謀之力過人而已乎。抑又因逢不世出之英主。当人心叛秦項羽無謀。天命方順漢之時也。若諸葛孔明雖身任将相。然不能成恢復之功。豈其才略之力不足耶。抑因国小力弱。曹操亦智勇過人也。二人禍福不同。非天命之所致乎。然則不可以功之成否論人才之良否也。
書き下し
爰延曰く、善人と同じく処れば、則ち日に嘉訓を聞く。悪人と従游すれば、則ち日に邪情を生ず、と。是れ交游の慎み択ばざるべからざるを言ふなり。張良は高祖を助けて、能く大功を成す。豈に止だ其の智謀の力の人に過ぐるのみならんや。抑々又不世出の英主に逢ひ、人心秦に叛き、項羽無謀にして、天命方に漢に順ふの時に当たるに因るなり。諸葛孔明の若きは、身は将相に任ずと雖も、然れども恢復の功を成すこと能はず。豈に其の才略の力の足らざるか。抑々国小にして力弱く、曹操も亦た智勇人に過ぐるに因るなり。二人の禍福同じからざるは、天命の致す所に非ずや。然らば則ち功の成否を以て人才の良否を論ずべからざるなり。
現代語訳
爰延は「善人とともにいれば、日ごとによい教えを聞く。悪人と付き合えば、日ごとによこしまな心が生じる」と言いました。これは交友を慎んで選ばなければならないことを言っています。張良が高祖を助けて大きな功績を上げられたのは、その智謀の力が人に勝っていたからだけでしょうか。それよりも、めったに出ない英明な君主に出会い、人心が秦にそむき、項羽に謀がなく、天命がちょうど漢に向かう時に当たったからです。諸葛孔明は、身は将軍と宰相を兼ねながら、漢の復興の功を成し遂げられませんでした。その才略の力が足りなかったからでしょうか。それよりも、国が小さく力が弱く、曹操もまた智勇が人に勝っていたからです。二人の禍福が同じでなかったのは、天命のなせるところではないでしょうか。そうであれば、功の成否で人の才能の良し悪しを論じてはなりません。
解説
この章句が説くこと
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