慎思録 / 巻之二
爲政之道。敎養二者。不可闕焉。二者養爲先。敎次之。是先養焉而後敎也。舜先使后稷敎民稼穡。五穀熟而民人育。而後使契爲司徒。敎以人倫。此養而後敎也。旣養之又敎之。而民不從。所以有刑而正其罪。使民從敎也。是以舜又命皐陶。令爲士而司五刑。其序不可紊也如此。夫後世之政。亦有刑法。既有刑法。則復不可先無敎。孔子曰。不敎而殺。謂之虐。此以聖人之政。先養中敎後刑。葢既養且敎。苟有不從者。不得已而用刑而已矣。
新字:為政之道。教養二者。不可闕焉。二者養為先。教次之。是先養焉而後教也。舜先使后稷教民稼穡。五穀熟而民人育。而後使契為司徒。教以人倫。此養而後教也。既養之又教之。而民不従。所以有刑而正其罪。使民従教也。是以舜又命皐陶。令為士而司五刑。其序不可紊也如此。夫後世之政。亦有刑法。既有刑法。則復不可先無教。孔子曰。不教而殺。謂之虐。此以聖人之政。先養中教後刑。葢既養且教。苟有不従者。不得已而用刑而已矣。
書き下し
政を為すの道は、教養の二者、闕くべからず。二者は養を先と為し、教之に次ぐ。是れ先づ養ひて而る後に教ふるなり。舜は先づ后稷をして民に稼穡を教へしめ、五穀熟して民人育す。而る後に契をして司徒と為し、教ふるに人倫を以てせしむ。此れ養ひて而る後に教ふるなり。既に之を養ひ又之を教へて、民従はず。所以に刑有りて其の罪を正し、民をして教へに従はしむるなり。是を以て舜又皐陶に命じ、士と為りて五刑を司らしむ。其の序の紊るべからざること此くの如し。夫れ後世の政にも、亦た刑法有り。既に刑法有れば、則ち復た先づ教へ無かるべからず。孔子曰く、教へずして殺す、之を虐と謂ふ、と。此れ以て聖人の政は、養を先にし中ごろ教へ刑を後にす。蓋し既に養ひ且つ教へて、苟も従はざる者有らば、已むを得ずして刑を用ゐるのみ。
現代語訳
政治を行う道では、教えることと養うことの二つを欠いてはなりません。二つのうちでは養うことが先で、教えることがそれに次ぎます。これは、まず養ってから教えるということです。舜はまず后稷に民へ農耕を教えさせ、五穀が実って民が育ちました。その後に契を司徒として、人倫を教えさせました。これが養ってから教えるということです。養い、また教えても、民が従わない。だから刑罰があってその罪を正し、民を教えに従わせるのです。それで舜はまた皐陶に命じて、士(司法官)として五刑を司らせました。その順序が乱してはならないものであるのはこのとおりです。後世の政治にも刑法があります。刑法がある以上、まず教えがなくてはなりません。孔子は「教えないで殺すのを虐という」と言いました。こうして聖人の政治は、養うことを先にし、次に教え、刑を後にします。思うに、養いまた教えて、それでも従わない者がいれば、やむを得ず刑を用いるだけなのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之五天地の間、人を殺すこと最も多き者、四件有り。刑・兵・歳・病なり。刑罰を省き曲直を明らかにすれば、則ち寃死無し。乱源を禁遏すれば、則ち兵死無し。歳の凶なるに方りて、窮民を周恤すれば、則ち餓死無し。医を択びて病を済へば、則ち枉死無し。政に従ふ者、知らざるべからず。
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『慎思録』巻之六君たり吏たる者、卑賤の人に対して、厳威過ぎて高ければ、則ち勢分相隔絶して、下に在る者、其の情を尽くすことを得ずして、下情達せず、其の利害を詳らかにすること能はず。苟も温顔にして言を受くれば、則ち下情通ず。大率政を為すの道は、下情を通ずるを以て善と為す。
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論語・顔淵篇季康子、政を孔子に問う。孔子対えて曰く、「政とは、正なり。子帥いるに正を以てせば、孰か敢えて正しからざらん。」
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論語・為政篇或るひと孔子に謂いて曰く、「子奚ぞ政を為さざる。」子曰く、「書に云う、『孝なるかな惟れ孝、兄弟に友なり。』有政に施すと。是れも亦た政を為すなり。奚ぞ其れ政を為すことのみを為さんや。」
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『学問のすゝめ』初編・愚民の上に苛き政府ありかかる愚民を支配するには、とても道理をもって諭すべき方便なければ、ただ威をもって畏すのみ。西洋の諺に「愚民の上に苛き政府あり」とはこのことなり。こは政府の苛きにあらず、愚民のみずから招く災なり。愚民の上に苛き政府あれば、良民の上には良き政府あるの理なり。ゆえに今わが日本国においても、この人民ありてこの政治あるなり。仮りに人民の徳義今日よりも衰えて、なお無学文盲に沈むことあらば、政府の法も今一段厳重になるべく、もしまた、人民みな学問に志して、物事の理を知り、文明の風に赴くことあらば、政府の法もなおまた寛仁大度の場合に及ぶべし。法の苛きと寛やかなるとは、ただ人民の徳不徳によりておのずから加減あるのみ。人誰か苛政を好みて良政を悪む者あらん、誰か本国の富強を祈らざる者あらん、誰か外国の侮りを甘んずる者あらん、これすなわち人たる者の常の情なり。
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