慎思録 / 巻之二
國語曰。士朝而受業。晝而講貫。夕而習復。夜而計過無憾。而後即安。此可爲讀書爲學者之則。言天圓地方者。何也。大戴禮孔子曰。天道曰圓。地道曰方。葢道曰方圓耳。非其形也。篤信謂。凡圓者能轉。方者不能轉。天道常運轉而不休。其運轉之道亦圓。地道常凝定而不動。故雖其體不方亦言其理耳。葢地形亦圓。而海水循環。故舟楫之利。雖幾萬里。無所不通。是以知其形不方也。
新字:国語曰。士朝而受業。昼而講貫。夕而習復。夜而計過無憾。而後即安。此可為読書為学者之則。言天円地方者。何也。大戴礼孔子曰。天道曰円。地道曰方。葢道曰方円耳。非其形也。篤信謂。凡円者能転。方者不能転。天道常運転而不休。其運転之道亦円。地道常凝定而不動。故雖其体不方亦言其理耳。葢地形亦円。而海水循環。故舟楫之利。雖幾万里。無所不通。是以知其形不方也。
書き下し
国語に曰く、士は朝にして業を受け、昼にして講貫し、夕にして習復し、夜にして過ちを計りて憾み無くして、而る後に即ち安んず、と。此れ以て読書為学者の則と為すべし。天は円く地は方なりと言ふ者は、何ぞや。大戴礼に孔子曰く、天道は円と曰ひ、地道は方と曰ふ、と。蓋し道の方円を曰ふのみ。其の形に非ざるなり。篤信謂ふ、凡そ円なる者は能く転じ、方なる者は転ずること能はず。天道は常に運転して休まず。其の運転の道も亦た円なり。地道は常に凝定して動かず。故に其の体は方ならずと雖も亦た其の理を言ふのみ。蓋し地の形も亦た円なり。而して海水循環す。故に舟楫の利、幾万里と雖も、通ぜざる所無し。是を以て其の形の方ならざるを知るなり。
現代語訳
『国語』に「士は朝に学業を受け、昼にそれを講じて理解を貫き、夕方に復習し、夜にはその日の過ちを数えて悔いがなくなってから、ようやく休む」とあります。これは読書し学ぶ者の規則とすべきです。天は円く地は四角いと言うのはなぜでしょうか。『大戴礼記』に孔子の言葉として「天の道は円といい、地の道は方という」とあります。思うにこれは道の方円を言っただけで、その形のことではありません。私篤信が思うに、およそ円いものはよく転がり、四角いものは転がりません。天の道はいつもめぐって休みません。そのめぐる道も円です。地の道はいつも固まって動きません。だから、その形は四角くなくても、その理を言っているだけなのです。思うに地の形もまた円いのです。そして海の水がめぐっています。だから船の便は、何万里であっても通じない所がありません。これによって、地の形が四角くないことがわかります。
解説
この章句が説くこと
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