慎思録 / 巻之二
六書精蘊云。士字从十。象事之多。宇宙內事。皆吾職分內事。从一者。一以貫之也。是可謂說出士字意也。葢士者。可博通萬事。勿執滯于一事而可也。
新字:六書精蘊云。士字从十。象事之多。宇宙内事。皆吾職分内事。从一者。一以貫之也。是可謂説出士字意也。葢士者。可博通万事。勿執滞于一事而可也。
書き下し
六書精蘊に云ふ、士の字は十に从ふ。事の多きに象る。宇宙内の事は、皆吾が職分内の事なり。一に从ふ者は、一以て之を貫くなり、と。是れ士の字の意を説き出だすと謂ふべきなり。蓋し士たる者は、万事に博通すべく、一事に執滞すること勿くして可なり。
現代語訳
『六書精蘊』に「士の字は十に従う。事の多いことにかたどる。宇宙の内の事は、みな自分の職分の内の事である。一に従うのは、一つのもので貫くことである」とあります。これは士の字の意味をよく説き出したと言うべきです。思うに士たる者は、万事に広く通じるべきで、一つの事にこだわり滞ってはなりません。
解説
前条の「宇宙内の事は吾が分内の事」を受け、「士」の字の成り立ちから士の在り方を説いた条です。『六書精蘊』は明の魏校の字書です。十は多くの事、一はそれを貫く一つの道、という解釈で、「一以て之を貫く」は『論語』里仁篇の孔子の言葉です。広く通じながら一本筋が通っている、というのは、今でいうゼネラリストとスペシャリストを兼ねた人材像に近いでしょう。多くを知るだけでも、一つにこだわるだけでも足りない、と教えています。
この章句が説くこと
士一貫博通職分学問
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