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慎思録 / 巻之二

多念多言多事。三者最害乎爲學。葢不專一。則不能直遂。故學者須要守三省。一曰省念。二曰省言。三曰省事。然三者。人事之當然者。豈可妄省强排乎。只事之所當念而念之。則其所念自寡矣。是省念之道也。省言省事亦然。且多事者。人之所難免。但可擇其要約者。不要好事而可也。又有逡巡退縮而畏事。當爲而不爲者。此亦可謂無勇者也。

新字:多念多言多事。三者最害乎為学。葢不専一。則不能直遂。故学者須要守三省。一曰省念。二曰省言。三曰省事。然三者。人事之当然者。豈可妄省強排乎。只事之所当念而念之。則其所念自寡矣。是省念之道也。省言省事亦然。且多事者。人之所難免。但可択其要約者。不要好事而可也。又有逡巡退縮而畏事。当為而不為者。此亦可謂無勇者也。

書き下し

多念多言多事、三者は最も学を為すを害す。蓋し専一ならざれば、則ち直遂すること能はず。故に学者須らく三省を守ることを要すべし。一に曰く念を省く、二に曰く言を省く、三に曰く事を省く。然れども三者は人事の当然なる者なり。豈に妄りに省き強ひて排すべけんや。只だ事の当に念ふべき所にして之を念へば、則ち其の念ふ所自ら寡し。是れ念を省くの道なり。言を省き事を省くも亦た然り。且つ多事は人の免れ難き所なり。但だ其の要約なる者を択ぶべし。事を好むを要せずして可なり。又逡巡退縮して事を畏れ、当に為すべくして為さざる者有り。此れ亦た勇無き者と謂ふべきなり。

現代語訳

思いが多いこと、言葉が多いこと、事が多いこと、この三つは学問を最も害します。思うに専一でなければ、まっすぐに遂げることはできません。だから学ぶ者は「三省」を守らなければなりません。一に思いを省く、二に言葉を省く、三に事を省く、です。しかしこの三つは人の営みとして当然のものです。どうしてみだりに省き、無理に退けてよいでしょうか。ただ事として思うべきことを思えば、その思いはおのずと少なくなります。これが思いを省く道です。言葉を省き事を省くのも同じです。また事が多いのは、人が免れにくいことです。ただその要約なものを選べばよく、事を好まなければよいのです。一方で、ためらい尻込みして事を恐れ、すべきなのにしない者もいます。これもまた勇気のない者と言うべきです。

解説

学問を妨げる「多念・多言・多事」を省けと説きつつ、省きすぎて尻込みすることも戒めた条です。「専一ならざれば直遂すること能はず」は程子の言葉で、巻五にも引かれています。益軒独自の「三省」は、『論語』学而篇の曾子の三省とは別の、省く工夫です。すべきことだけを思い、言い、行えば自然と減る、という考えは二・十一の「簡」と同じです。忙しさを減らすことと、面倒な仕事から逃げることを混同しないように、という結びが現代にも効きます。

この章句が説くこと

省事専一学問

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