翁問答 / 下卷之本
まへかどにも論ずる如く、正眞の學問をよくつとめて悟りぬれば、仁義の勇あきらかになりて必分別よくなるなり、それも師匠と學問の仕樣とによく吟味あるべき事なり、中庸に曰、人一能之己百之、人十能之、己千之、果能此道矣、雖愚必明、雖柔必强、この聖謨の意は篤く天地の神道に志し明德をあきらかにする工夫をはげましつとめ行へば必さとりをひらき、うまれつき愚痴にして迷ひ深きものも、本心の良知あきらかになれり、生れつきぬるくにかたなる人も、必ず本心仁義の勇あきらかになりて、武篇よきとの義なり、
新字:まへかどにも論ずる如く、正真の学問をよくつとめて悟りぬれば、仁義の勇あきらかになりて必分別よくなるなり、それも師匠と学問の仕様とによく吟味あるべき事なり、中庸に曰、人一能之己百之、人十能之、己千之、果能此道矣、雖愚必明、雖柔必強、この聖謨の意は篤く天地の神道に志し明徳をあきらかにする工夫をはげましつとめ行へば必さとりをひらき、うまれつき愚痴にして迷ひ深きものも、本心の良知あきらかになれり、生れつきぬるくにかたなる人も、必ず本心仁義の勇あきらかになりて、武篇よきとの義なり、
書き下し
まへかどにも論ずる如く、正真の学問をよくつとめて悟りぬれば、仁義の勇あきらかになりて必分別よくなるなり、それも師匠と学問の仕様とによく吟味あるべき事なり、中庸に曰、人一たびして之を能くすれば己之を百たびし、人十たびして之を能くすれば己之を千たびす、果して此の道を能くせば、愚なりと雖も必ず明らかに、柔なりと雖も必ず強からん、この聖謨の意は篤く天地の神道に志し明徳をあきらかにする工夫をはげましつとめ行へば必さとりをひらき、うまれつき愚痴にして迷ひ深きものも、本心の良知あきらかになれり、生れつきぬるくにかたなる人も、必ず本心仁義の勇あきらかになりて、武篇よきとの義なり、
現代語訳
前にも論じたように、正真の学問をよく努めて悟れば、仁義の勇が明らかになって、必ず分別がよくなるのである。それも師匠と学問の仕方とをよく吟味すべきことである。中庸に「人一たびして之を能くすれば己之を百たびし、人十たびして之を能くすれば己之を千たびす。果して此の道を能くせば、愚なりと雖も必ず明らかに、柔なりと雖も必ず強からん」とある。この聖人の教えの意は、篤く天地の神道に志し、明徳を明らかにする工夫を励み努めて行えば、必ず悟りを開き、生まれつき愚かで迷いの深い者も本心の良知が明らかになり、生まれつき鈍く気弱な人も、必ず本心の仁義の勇が明らかになって、武篇がよくなるという意味である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『文武訓』武訓上一勇をこのむ者、其中を得れば正気とす、君子の勇なり、士気なり。中に過れば客気なうは気なるは士気にあらず。是小人の勇なり。正気はよく事を成就す。客気は必ず事を仕損ずるものなり。一外は勇あるやうに見えて、内心つたなき人あり。外面はつたなく、俄の事にあひて、臆したるやうに見ゆる人あり。心定りて後に勇いでくるものなり。是気よわく心つよきなり。外愚に見えて、内明なる人あり。外明にして内くらき人あり。人の生れつきには色々くせあり。其心を知らで、くせを以て其人を見あやまることなかれ。一呂氏春秋に曰く、亡国の主は、必ず自ら驕り、必ず自ら智とし、必ず物を軽んず。といへり。織田信長の亡び給ふも亦斯の如し。信長公は、武勇は古今にすぐれ、其功を立て敵を亡し給ふも、多くは不義にあらず。
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『慎思録』巻之六左伝に晋の随武子曰く、可を見て進み、難きを知りて退くは、軍の善政なりと。蓋し兵を用ゐるの道は、進退に度有り。度を失へば則ち不可なり。夫れ進むべからずして進み、退くべくして退かざるは、是れ勇者の事、太過と為すべし。我が国俗の貴ぶ所なり。然り而して法の禁ずる所なり。軍に利あらざるに由るなり。進むべくして進まず、退くべからずして退く者は、是れ怯者の事、不及と為すべし。国俗の賤しむ所、是れ亦法の禁ずる所にして、戦ひに利あらず。四者は勇怯同じからずと雖も、然れども兵を用ゐるに害有るは則ち一なり。
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『文武訓』武訓下一左伝に、晋の随武子が曰く、可を見て進む。難を知りて退く。軍の善政なり。凡兵を用ふるに、進も退も度あり。度を失へばやぶる。進むべからずして進み、退くべからずして退くは、度を失ふなり。進むべくして進まず、退くべくして退かず。是亦度をうしなふなり。一敵陣にむかつては、進むべくして進み、退くべくして退く、是和語に、かかるも引くも折によるといふが如し。戦の道、進退によき節あり。勇者は進むべからずして進み、退くべくして退かず。是軍法の禁ずる所なり。大過とす。進むべくして進まず、退くべからずして退くは、是怯者のしわざなり、不及とす。是亦軍法の禁ずる所なり。進むべからずして進み、退くべくして退かず、進むべくして進まず、退くべからずして退く。此四のものは勇怯同じからざれども、ともに軍法に害あり。軍法にしたがひては、勇者もひとり進まず、怯者もひとり退かず。皆力を一にするは、良将の兵なり。一かかるにはさきにすすむを勇とし、引くにはあとにおくるるを勇とす。されども進むに先にあるは猶もやすし。退くにあとにあるは甚かたし。
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『童子問』卷下問ふ、王陽明、徐成之に答ふる二書に自ら謂ふ、天下朱を是とし陸を非とすること、論定まること既に久し。一旦之に反するは難しと為す。姑く調停両可の説を為して、人をして自ら思うて之を得しむと。如何。曰く、夫れ勇は断に生じ、断は明に生じ、明は智に生じ、智は学を以て大なり。苟も之を知ること明らかならば、則ち是を是とし非を非とし、一刀両断にして、少しも仮借することを得ず。故に孟子曰く、予豈に弁を好まんや、予已むことを得ざるなりと。陽明の人と為りや、聡明絶倫にして、古今に縦にす。二公と雖も、及ばざること遠く甚だし。然れども学問空疎にして、磨励の功甚だ少なし。而して其の学本禅学に得て、孔孟の宗旨に於ては、実に数塵なり。故に其の書含糊衡決にして、二公の肯綮に中ること多きを得ず。朱門の為に廻護するに似たり。但書中の所謂重脊にして叛孔を厭はずといふ数句は、実に今の学者の真病に中る。
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『翁問答』下卷之本文盲に御自満のさぶらひ衆、せめて義経公弁慶などの爪のさき程なりとも真似をめされ候はゞ、其誉ある可し、たゞ文盲一偏の御自満にてはよも士とは云がたし、文盲なるものが必ず武篇よくば、田をうち草をかる田夫野人、薪とる山がつ、路頭にさすらふ乞食など、文盲第一のものどもなり、箇様の者どもみなよき武篇にてありなんや、箇様のたとへあまりけはしく聞へぬれとも、今時分此まよひふかく、大かたのたとへにては、心盲の眠りさめがたき故に、声をはげまして呼びさますなり、前かども論ずる如く、いかやうなる者が武篇よき、いかやうなる者が武篇あしきなどいへるは、皆得がたのひがこと、或は株を守る愚痴よりおこる迷ひなり、文芸ある人に義経公弁慶などの如き武篇よきもあり、又臆病なるもあり、文盲なる人に臆病なるもあるべし、またけなげなるもあらん、只勇あるものが武篇よきと知べし、むかし今のためしを能く考へて、学問が武篇のさまたげになるといへるきたなき心根を察すべし、
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『翁問答』下卷之本うまれつき勇あるものは正真の儒学をつとめて、其勇を仁義の勇となし、生れつき勇なきものも又正真の儒学をつとめて本心に具有したる仁義の勇をあきらかにせよと教たまふ義なり、此等の聖謨をよくよく体認して、武篇をたしなまんと思ふ士は、志しあるべき事なり、本来軍法軍礼武篇のたしなみ諸士の作法のおきてみな儒道の一色にして、聖人のさだめ給ふ天理なれば、士たるものが、儒道をそしり、儒学をするは士のわざならずなどいへるはまことに無下に無案内なることなれば、其はじをしるべし。
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