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童子問 / 卷下

問。王陽明答徐成之二書自謂。天下是朱非陸。論定既久。一旦反之爲難。姑爲調停兩可之說。使人自思得之。如何。曰。夫勇生於斷。斷生於明。明生於智。智以學而大。苟知之明。則是是非非。一刀兩斷。不得少假借。故孟子曰。予豈好辯哉。予不得已也。陽明爲人也。聰明絕倫。縱於古今。雖二公。不及遠甚。然學門空疎。磨勵之功甚少。而其學本得于禪學。而於孔孟之宗旨。實數塵矣。故其書含糊衡決。不得中二公之肯綮多。似乎爲朱門廻護。但書中所謂重脊而不厭叛孔數句。實中今學者之眞病矣。

新字:問。王陽明答徐成之二書自謂。天下是朱非陸。論定既久。一旦反之為難。姑為調停両可之説。使人自思得之。如何。曰。夫勇生於断。断生於明。明生於智。智以学而大。苟知之明。則是是非非。一刀両断。不得少仮借。故孟子曰。予豈好弁哉。予不得已也。陽明為人也。聰明絶倫。縦於古今。雖二公。不及遠甚。然学門空疎。磨励之功甚少。而其学本得于禅学。而於孔孟之宗旨。実数塵矣。故其書含糊衡決。不得中二公之肯綮多。似乎為朱門廻護。但書中所謂重脊而不厭叛孔数句。実中今学者之真病矣。

書き下し

問ふ、王陽明、徐成之に答ふる二書に自ら謂ふ、天下朱を是とし陸を非とすること、論定まること既に久し。一旦之に反するは難しと為す。姑く調停両可の説を為して、人をして自ら思うて之を得しむと。如何。曰く、夫れ勇は断に生じ、断は明に生じ、明は智に生じ、智は学を以て大なり。苟も之を知ること明らかならば、則ち是を是とし非を非とし、一刀両断にして、少しも仮借することを得ず。故に孟子曰く、予豈に弁を好まんや、予已むことを得ざるなりと。陽明の人と為りや、聡明絶倫にして、古今に縦にす。二公と雖も、及ばざること遠く甚だし。然れども学問空疎にして、磨励の功甚だ少なし。而して其の学本禅学に得て、孔孟の宗旨に於ては、実に数塵なり。故に其の書含糊衡決にして、二公の肯綮に中ること多きを得ず。朱門の為に廻護するに似たり。但書中の所謂重脊にして叛孔を厭はずといふ数句は、実に今の学者の真病に中る。

現代語訳

問う。王陽明は徐成之に答えた二通の手紙で、自ら「天下が朱子を正しいとし陸象山を誤りとすることは、論が定まってすでに久しい。にわかにそれをひっくり返すのは難しい。ひとまず双方を調停して両方を認める説を示し、人が自分で考えてつかむようにさせる」と言っている。どうか。答える。勇気は決断から生まれ、決断は明察から生まれ、明察は知恵から生まれ、知恵は学問によって大きくなる。もし明らかに知っているなら、正しいものは正しい、誤りは誤りとして一刀両断にし、少しも手加減してはならない。だから孟子は「私がどうして議論を好もうか。やむをえないのだ」と言った。陽明の人となりは、聡明さが群を抜き、古今に並ぶ者がないほどで、朱子・陸象山の二人でさえはるかに及ばない。しかし学問は空疎で、磨き鍛える努力がきわめて少ない。しかもその学はもともと禅学から得たもので、孔孟の宗旨からは実のところ何重にも隔たっている。だからその手紙はあいまいで筋が乱れており、朱陸二人の急所を突いているところは多くない。朱子学の側をかばっているかのようである。ただ、手紙の中のいわゆる「重脊にして叛孔を厭はず」という数句は、実に今の学者の本当の病を言い当てている。

解説

朱陸を調停しようとした王陽明の態度に対し、仁斎は「勇は断に生じ、断は明に生じ、明は智に生ず」と連鎖で答える。本当にわかっているなら是は是、非は非と一刀両断にすべきで、孟子も弁を好んだのではなくやむをえず論じたのだという。陽明の聡明さは朱陸二公をはるかにしのぐと認めつつ、学問の磨き込みが足りず、禅に由来する学ゆえに書が曖昧になったと評する。才能を認めることと学説を是認することを分ける公平さがある。会議で角を立てまいと両論併記で済ませたくなるときこそ、自分が何を明らかに知っているかを確かめ、言うべきことを言う勇気を持ちたい。

この章句が説くこと

勇決断智学問陽明学是非

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