慎思録 / 巻之二
博學審問愼思明辨篤行。五者爲學工夫之次序。而博學者。都立爲學之規模也。審問以下四者。各就一事推究其條理也。程子曰。仁者。以天地萬物爲一體。愚謂。天地萬物之與我爲一體。本是自然之理。然衆人有私意之障碍。而不能爲一體。唯仁者。無物我之私以爲間隔。故依舊爲一體。非勉强爲一體爾。西銘以乾坤稱父母。民爲同胞。物爲吾與。此亦本有斯理。非强名之也。
新字:博学審問慎思明弁篤行。五者為学工夫之次序。而博学者。都立為学之規模也。審問以下四者。各就一事推究其条理也。程子曰。仁者。以天地万物為一体。愚謂。天地万物之与我為一体。本是自然之理。然衆人有私意之障碍。而不能為一体。唯仁者。無物我之私以為間隔。故依旧為一体。非勉強為一体爾。西銘以乾坤称父母。民為同胞。物為吾与。此亦本有斯理。非強名之也。
書き下し
博く学び、審らかに問ひ、慎んで思ひ、明らかに弁じ、篤く行ふ。五者は学を為す工夫の次序なり。而して博学は、都べて学を為すの規模を立つるなり。審問以下の四者は、各々一事に就きて其の条理を推究するなり。程子曰く、仁者は天地万物を以て一体と為す、と。愚謂ふ、天地万物の我と一体為ることは、本と是れ自然の理なり。然れども衆人は私意の障碍有りて、一体為ること能はず。唯だ仁者は物我の私以て間隔を為すこと無し。故に旧に依りて一体為り。勉強して一体為るに非ざるのみ。西銘は乾坤を以て父母と称し、民を同胞と為し、物を吾が与と為す。此れも亦た本と斯の理有り。強ひて之に名づくるに非ざるなり。
現代語訳
「博く学び、詳しく問い、慎んで思い、明らかに弁別し、篤く行う」。この五つは学問をする工夫の順序です。そして博学は、学問全体の枠組みを立てるものです。審問以下の四つは、それぞれ一つの事について、その筋道を推し究めるものです。程子は「仁者は天地万物を一体とする」と言いました。私が思うに、天地万物が自分と一体であるのは、もともと自然の理です。しかし多くの人は私心の妨げがあって、一体となることができません。ただ仁者だけは、物と自分との私心による隔てがありません。だから元のままに一体なのであって、無理に努めて一体になっているのではありません。「西銘」は天地を父母と称し、民を同胞とし、物を仲間としています。これももともとその理があるのであって、無理に名づけたのではありません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『格言聯璧』學問類・萬物一體、之を仁と謂ふ忠を竭し孝を盡す、之を人と謂ふ。國を治め邦を經む、之を學と謂ふ。 危を安んじ變を定む、之を才と謂ふ。天を經とし地を緯とす、之を文と謂ふ。 霽月光風、之を度と謂ふ。萬物一體、之を仁と謂ふ。 心術を以て本根と爲し、倫理を以て楨幹と爲し、學問を以て菑畬と爲し、文章を以て花萼と爲し、事業を以て結實と爲し、書史を以て園林と爲し、歌詠を以て鼓吹と爲し、義理を以て膏粱と爲し、著述を以て文繡と爲し、誦讀を以て耕耘と爲し、記問を以て居積と爲し、前言往行を以て師友と爲し、忠信篤敬を以て修持と爲し、作善降祥を以て受用と爲し、樂天知命を以て依歸と爲す。
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『慎思録』巻之一学を為すの道は、仁を為すを以て本と為し、忠信を以て主と為し、孝弟を以て先と為し、博文約礼を以て勤めと為し、君子為るを以て志と為す。是れ孔門人を教ふるの規模なり。仁なる者は何ぞや。是れ善を為すの総称、慈愛の理なり。孟子、放心を求むるを以て学問の道と為す。放心を求むる者は、乃ち仁を求むるなり。
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『慎思録』巻之一仁を為すの道は、人倫を厚くするに在るのみ。人倫を厚くするの工夫は、慈愛恭敬、謹言力行を以て先務と為し、孝弟を以て本と為す。是れ日用彝倫の事にして、最も以て当務の急と為す。余力有れば則ち以て文を学ぶ。是れ徳行を先にし文学を後にす。古人学を為すの道なり。
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『慎思録』巻之一仁愛善を作すを以て楽しみと為すは、是れ君子の心なり。衆人と雖も、若し志有りて善を好めば、則ち其の之を知り之を行ふや、各其の生質の分に循ひて、之に至ること易し。何となれば則ち人性は本善にして、善を好み悪を悪むは、是れ天性の自然なる者なればなり。故に夫婦の愚不肖も、亦与に知り能く行ふべし。凡そ善を好むの道は、其の守る所約にして、施す所博し。之を施せば則ち悦ぶ者衆し。此れ要道と為すべし。故に学を為すの道は、唯善を為すを以て事と為すのみ。
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孔子家語・七十二弟子解樊須は、魯の人、字は子遲、孔子より少きこと四十六歲。弱くして季氏に仕う。
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