慎思録 / 巻之二
親義別序。四倫之道。雖尊卑上下各當相勵。然而所繫乎下者最重。故忠孝貞順者。爲臣子婦幼者。所當特行也。葢其勢位在下。故其所事上之道。與君父夫兄之所施異矣。不可相比較也。唯朋友之交。其所當信之道。我與人相同而無上下之異者。以其勢位相敵也。
新字:親義別序。四倫之道。雖尊卑上下各当相励。然而所繋乎下者最重。故忠孝貞順者。為臣子婦幼者。所当特行也。葢其勢位在下。故其所事上之道。与君父夫兄之所施異矣。不可相比較也。唯朋友之交。其所当信之道。我与人相同而無上下之異者。以其勢位相敵也。
書き下し
親義別序、四倫の道は、尊卑上下各々当に相励むべしと雖も、然れども下に繋かる所の者最も重し。故に忠孝貞順は、臣子婦幼為る者の当に特に行ふべき所なり。蓋し其の勢位下に在り。故に其の上に事ふる所の道は、君父夫兄の施す所と異なれり。相比較すべからざるなり。唯だ朋友の交はりは、其の当に信ずべき所の道、我と人と相同じくして上下の異無き者なり。其の勢位相敵するを以てなり。
現代語訳
親(父子の親しみ)・義(君臣の義)・別(夫婦の別)・序(長幼の序)という四つの人倫の道は、尊い者も卑しい者も上の者も下の者も、それぞれ互いに励むべきものではありますが、下の者にかかる責任が最も重いのです。だから忠・孝・貞・順は、臣・子・妻・年少の者が特に行うべきものです。思うに、その立場が下にあるので、上に仕える道は、君・父・夫・兄が施す道とは異なり、比べることはできません。ただ朋友の交わりだけは、守るべき信の道が自分と人とで同じで、上下の違いがありません。立場が対等だからです。
解説
五倫(父子の親・君臣の義・夫婦の別・長幼の序・朋友の信)を、上下のある四倫と、対等な朋友とに分けて論じた条です。五倫は『孟子』滕文公上に由来します。下の者に重い務めを課す考えは、江戸の身分秩序を支えた朱子学の典型で、今の感覚とは大きく異なります。一方で、朋友だけは互いに同じ信を守るという指摘は、上下関係の外にある対等な関係の価値を示しています。立場のある関係と対等な関係とで、求められる振る舞いがどう違うかを考える材料になります。
この章句が説くこと
五倫忠孝信朋友上下
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