五常訓 / 巻之三・仁之下
一程子の言に、聖賢の仁をいへる處をあつめて見ば、仁を知り得んといへり。今の學者、仁を知らんとならば、孔孟程朱の仁を說き給へる言を、數年の間、心をひそめて、求め味ふべし。急迫にすべからず。誠積み力久しくば、自然に其理を知るべし。若然らずば、聰明博學の人といへども、仁をば知りがたかるべし。
新字:一程子の言に、聖賢の仁をいへる処をあつめて見ば、仁を知り得んといへり。今の学者、仁を知らんとならば、孔孟程朱の仁を説き給へる言を、数年の間、心をひそめて、求め味ふべし。急迫にすべからず。誠積み力久しくば、自然に其理を知るべし。若然らずば、聰明博学の人といへども、仁をば知りがたかるべし。
書き下し
一程子の言に、聖賢の仁をいへる処をあつめて見ば、仁を知り得んといへり。今の学者、仁を知らんとならば、孔孟程朱の仁を説き給へる言を、数年の間、心をひそめて、求め味ふべし。急迫にすべからず。誠積み力久しくば、自然に其理を知るべし。若然らずば、聰明博学の人といへども、仁をば知りがたかるべし。
現代語訳
程子の言葉に「聖賢が仁についていったところを集めて見れば、仁を知ることができるだろう」とあります。今の学ぶ者が仁を知ろうとするならば、孔子・孟子・程子・朱子が仁を説かれた言葉を、数年の間、心を静めて求め味わうべきです。急いではなりません。誠を積み、力を久しく尽くせば、自然にその理を知るでしょう。もしそうしなければ、聡明で博学な人であっても、仁を知ることは難しいでしょう。
解説
仁を知るには、孔孟程朱の言葉を数年かけてじっくり味わうべきで、急いではならないと説いています。程子のこの言葉を受けて、朱子は仁について述べた聖賢の言葉を集めて学ぶことを勧め、益軒も本書でまさにそれを実践しています。聡明さや博識だけでは届かず、誠実に長く取り組むことで自然に理解が深まるという考えは、短期間で成果を求めがちな現代の学び方への静かな忠告です。大切なことほど、時間をかけて味わう価値があります。
この章句が説くこと
仁学問誠程子読書
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