弁名 / 仁
學而成德者。雖各以性殊乎。其所學者皆聖人之道也。聖人之道。要歸安民。故君子苟不依於仁。何以能和順聖人之道以養成其德乎。辟諸啗人不以五穀。亦瘠而死耳。且君之使斯民學以成其德。將何用之。亦欲各因其材以官之。以供諸安民之職已。聖人之德雖備乎。君子之德雖殊乎。皆所以輔夫仁也。
新字:学而成徳者。雖各以性殊乎。其所学者皆聖人之道也。聖人之道。要帰安民。故君子苟不依於仁。何以能和順聖人之道以養成其徳乎。辟諸啗人不以五穀。亦瘠而死耳。且君之使斯民学以成其徳。将何用之。亦欲各因其材以官之。以供諸安民之職已。聖人之徳雖備乎。君子之徳雖殊乎。皆所以輔夫仁也。
書き下し
学びて徳を成す者は、各々性を以て殊なりと雖も、其の学ぶ所の者は皆聖人の道なり。聖人の道は、要は民を安んずるに帰す。故に君子苟も仁に依らずんば、何を以て能く聖人の道に和順して以て其の徳を養成せんや。諸を人を啗はしむるに五穀を以てせざれば、亦た瘠せて死するのみなるに辟ふ。且つ君の斯の民をして学びて以て其の徳を成さしむるは、将に何に之を用ひんとする。亦た各々其の材に因りて以て之を官にし、以て諸を安民の職に供せんと欲するのみ。聖人の徳備はると雖も、君子の徳殊なると雖も、皆夫の仁を輔くる所以なり。
現代語訳
学んで徳を成す者は、それぞれ性によって違っていても、学ぶものはみな聖人の道である。聖人の道は、要するに民を安らかにすることに帰する。だから君子がかりにも仁に拠らなければ、どうして聖人の道にうまく従ってその徳を養い成せようか。人に五穀を食べさせなければ、やせ細って死んでしまうのと同じである。それに、君主が民に学ばせて徳を成させるのは、何に用いるためか。それぞれの才能に応じて官職に就け、民を安らかにする職務に役立てようとするだけである。聖人の徳がすべて備わっていても、君子の徳がそれぞれ違っていても、みなあの仁を助けるためのものである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『弁名』孝悌孝弟忠信は、孔門蓋し之を中庸と謂ふ。其の甚だしくは高からず、人皆行ふべきの事為るを以てなり。故に先王の道を学ぶは、必ず孝弟より始む。諸を辟ふれば、高きに登るは必ず卑きよりし、遠きに行くは必ず邇きよりするがごとし。孟子曰く、「堯舜の道は孝弟のみ」と。是れ之の謂なり。其の以て仁賢の徳に馴致すべきを謂ふなり。然りと雖も、後儒論説を喜ぶこと甚しく、遂に仁孝を以て之を一にす。非なり。孝は自ら孝、仁は自ら仁。君子は一を挙げて以て百を廃するを悪む。仮使一孝にして足らば、則ち江革・王祥既に聖人為らん。故に孔子曰く、「行ひて余力有れば、則ち以て文を学べ」と。孝弟有りと雖も、学ばずんば未だ郷人たるを免れざるを言ふなり。是れ又学者の当に知るべき所なり。然りと雖も、周官の師氏、既に至徳・敏徳を立てて、以て一切を尽くすに足れども、更に孝徳を立てて以て之を教ふ。見るべし、它の不善有りと雖も、苟も孝徳有らば、則ち先王の取る所なるを。先王の孝を重んずること是の若きかな。
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『童子問』卷下問ふ、何ぞ古昔は人材の多くして、後世は之れ尠きや、と。曰く、一なれば則ち達し、岐多ければ則ち迷ふ。後世の人材を成すこと能はざる者は、其の岐多きが為なり。夫れ学なる者は、徳を成し材を達する所以なり。学者内に名利の膠無く、外に他事の擾無く、此に衣食し、此に寝処し、立てば則ち其の前に参ずるを見、輿に在れば則ち其の衡に倚るを見、積みて又積み、老の将に至らんとするを知らず、心心念念、此に専一ならば、則ち何ぞ徳を成し材を達せざることの之れ有らん。舜も人なり、我も亦人なり。堯舜の事業、孔孟の学術と雖も、亦豈に遠からんや。昔韓幹馬を画くことを好み、見る所の馬、皆其の師に非ざるは莫し。夫れ然る後、能く其の妙を造し、古今に冠絶す。古人の道芸に於けるや、皆然り。後の学者は則ち然らず。己の期する所、父兄朋友の責むる所、利名の両者に過ぎず。有用の事は講ぜず、有用の書は読まず。無益の章句を守り、無益の空文に鶩せ、無益の故事を記し、一切時好に狗ひ、名誉を邀へ、旁蹊多岐にして、志を用ふること専らならず。而して大学問・大事業に於ては、則ち之を度外に付す。藉令数十巻の著述有りて世に行はるるも、亦児戯のみ。行々将に澌滅に就かんとす。何の益かあらん。其の求むる所の名と利とも、亦皆児女子の仰歎に供するのみ。何の人材を成す所あらんや。少しく智慮有る者は、其れ取捨する所を知らざるべけんや。
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史記 孟子荀卿列伝これ有り」と。後に淳于髡見え、壹たび語りて連ぬること三日三夜にして倦むこと無し。恵王、卿相の位を以てこれを待たんと欲す、髡因りて謝して去る。是に於いて送るに安車駕駟、束帛に璧を加へ、黄金百鎰を以てす。終身仕へず。慎到は趙人。田駢・接子は斉人。環淵は楚人。皆黄老道徳の術を学び、因りてその指意を発明して序す。故に慎到は十二論を著し、環淵は上下篇を著し、而して田駢・接子は皆論ずる所有り。騶奭なる者は、斉の諸騶子にして、また頗る騶衍の術を采りて以て文を紀す。是に於いて斉王これを嘉し、淳于髡より以下の如き、皆命じて列大夫と曰ひ、為に第を康荘の衢に開き、高門大屋、これを尊寵す。天下諸侯の賓客に覧せて、斉は能く天下の賢士を致すと言ふなり。
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『弁道』第七則然りと雖も、士先王の道を学びて以て徳を我に成さんと欲するも、先王の道も亦た多端なり、人の性も亦た多類なり。苟も能く先王の道の要は天下を安んずるに帰するを識りて、力を仁に用ふれば、則ち人各〻其の性の近き所に随ひて、以て道の一端を得。由の勇、賜の達、求の芸の如き、皆能く一材を成し、以て仁人の徒と為り、諸を天下を安んずるの用に共にするに足る。而して其の徳の成るや、夷斉の清、恵の和、尹の任の如き、皆必ずしも其の性を変ぜずして、亦た仁人たるを害せず。若し或いは力を仁に用ふるを識らざれば、則ち其の材と徳と、皆成ること能はずして、諸子百家此に由りて興る。此れ孔門の仁を教ふる所以なり。
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