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慎思録 / 巻之二

葬地之美惡。與子孫之禍福。如信不相交涉。然擇地之美者。而葬之。封溝於丘墓。而不令臻于荒壞者。子孫之厚于親也。厚于親者。養其本也。辟如培壅根本。而枝葉碩茂。然有福于子孫。不亦宜乎。苟不擇其地之美惡。而葬之者。不能安厝之。况至後世。亦令荒穢廢壞乎。是薄于親。而傷其本也。辟如傷害本根。而枝葉枯瘁然。有禍于子孫。不亦宜乎。

新字:葬地之美悪。与子孫之禍福。如信不相交渉。然択地之美者。而葬之。封溝於丘墓。而不令臻于荒壊者。子孫之厚于親也。厚于親者。養其本也。辟如培壅根本。而枝葉碩茂。然有福于子孫。不亦宜乎。苟不択其地之美悪。而葬之者。不能安厝之。況至後世。亦令荒穢廃壊乎。是薄于親。而傷其本也。辟如傷害本根。而枝葉枯瘁然。有禍于子孫。不亦宜乎。

書き下し

葬地の美悪と子孫の禍福とは、信に相交渉せざるが如し。然れども地の美なる者を択びて之を葬り、丘墓に封溝して、荒壊に臻らしめざる者は、子孫の親に厚きなり。親に厚き者は、其の本を養ふなり。辟へば根本を培壅して、枝葉碩茂するが如く然り。子孫に福有ること、亦た宜ならずや。苟も其の地の美悪を択ばずして之を葬る者は、之を安厝すること能はず。況んや後世に至りて、亦た荒穢廃壊せしむるをや。是れ親に薄くして、其の本を傷るなり。辟へば本根を傷害して、枝葉枯瘁するが如く然り。子孫に禍有ること、亦た宜ならずや。

現代語訳

葬る土地の良し悪しと子孫の禍福とは、まことに互いに関わりがないようにも見えます。しかし良い土地を選んで葬り、墓に土を盛り溝を巡らして、荒れ果てさせないのは、子孫が親に厚いということです。親に厚いことは、その根本を養うことです。たとえば根に土を寄せて養えば、枝葉が大きく茂るようなものです。子孫に福があるのも当然ではありませんか。もし土地の良し悪しを選ばずに葬れば、安らかに納めることができません。まして後の世になって、荒れ汚れ崩れるままにするのはなおさらです。これは親に薄く、その根本を傷つけることです。たとえば根を傷つけて、枝葉が枯れしおれるようなものです。子孫に禍があるのも当然ではありませんか。

解説

前条を受けて、葬地と禍福の関係を、土地の霊力ではなく子孫の心の厚薄によって説明し直した条です。土地そのものが福をもたらすのではなく、墓を選び守るほど親を大切にする心が根本を養い、それが家の福となる、という合理的な読み替えです。風水の吉凶を説く当時の俗信に対する、朱子学者としての距離の取り方がうかがえます。形の習慣の奥にある心を問う姿勢は、儀礼や慣習の意味を考え直すときにも役立ちます。

この章句が説くこと

根本禍福葬礼厚薄

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