慎思録 / 巻之二
五常百行。總言之。則皆善也。是仁心之所發。爲善者。所以愛養人物。而賛天功也。是以爲善者。乃所以事天而報德之道也。雖微賤之人。苟存心於爲善。則必有所濟。故一日爲善。則爲一日之好人。日日行之。久而不休。則積善無窮。而其樂亦無極。若夫富貴有勢位之人。苟有誠好善。則其所施濟廣博。而其樂豈不大乎。
新字:五常百行。総言之。則皆善也。是仁心之所発。為善者。所以愛養人物。而賛天功也。是以為善者。乃所以事天而報徳之道也。雖微賤之人。苟存心於為善。則必有所済。故一日為善。則為一日之好人。日日行之。久而不休。則積善無窮。而其楽亦無極。若夫富貴有勢位之人。苟有誠好善。則其所施済広博。而其楽豈不大乎。
書き下し
五常百行、総べて之を言へば、則ち皆善なり。是れ仁心の発する所なり。善を為すは、人物を愛養して天功を賛くる所以なり。是を以て善を為す者は、乃ち天に事へて徳に報ゆる所以の道なり。微賤の人と雖も、苟も心を善を為すに存すれば、則ち必ず済ふ所有り。故に一日善を為せば、則ち一日の好人と為る。日々之を行ひて、久しくして休まざれば、則ち積善窮まり無くして、其の楽しみも亦た極まり無し。若し夫れ富貴にして勢位有るの人、苟も誠に善を好むこと有らば、則ち其の施済する所広博にして、其の楽しみ豈に大ならざらんや。
現代語訳
五常(仁義礼智信)とあらゆる行いは、まとめて言えばみな善です。これは仁の心から発するものです。善を行うことは、人と物とを愛し養って、天のはたらきを助けることです。だから善を行うことは、天に仕えて徳に報いる道なのです。身分の低い人であっても、もし善を行うことに心を置けば、必ず人を救うところがあります。だから一日善を行えば、一日の好い人になります。毎日これを行って、長く怠らなければ、積み重ねた善は限りなく、その楽しみもまた極まりがありません。まして富貴で権勢のある人が、もし誠に善を好むなら、その施し救う範囲は広く、その楽しみはどれほど大きいことでしょう。
解説
善を行うことを、天地の生み育てるはたらきを助け、その恩に報いることと位置づけた条です。「天功を賛く」は『中庸』の「天地の化育を賛く」を踏まえます。巻五冒頭の「仁心を存す」報恩の思想とつながる、益軒の中心的な考えです。「一日善を為せば一日の好人」という言い方は平易で力強く、身分や立場に関係なく誰にでもできることを強調しています。大きな影響力を持つ人ほど善の範囲も広がる、という結びは、組織の上に立つ人への励ましでもあります。
この章句が説くこと
善仁積善報恩楽
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論語・八佾篇子曰く、人にして仁ならずんば、礼を如(いかん)せん;人にして仁ならずんば、楽を如せん。
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