慎思録 / 巻之二
管仲論兵曰。先計後戰。愚謂。君子之處事。亦然。先思而後行。則無過擧。苟不熟思。而遽擧事。必有過焉。不祇悔者少矣。臨事而懼。好謀而成。所以爲善也。
新字:管仲論兵曰。先計後戦。愚謂。君子之処事。亦然。先思而後行。則無過挙。苟不熟思。而遽挙事。必有過焉。不祇悔者少矣。臨事而懼。好謀而成。所以為善也。
書き下し
管仲は兵を論じて曰く、先づ計りて後に戦ふ、と。愚謂ふ、君子の事に処するも亦た然り。先づ思ひて而る後に行へば、則ち過挙無し。苟も熟思せずして遽かに事を挙ぐれば、必ず過ち有り。祇だ悔いざる者は少なし。事に臨みて懼れ、謀を好みて成す。善と為す所以なり。
現代語訳
管仲は兵を論じて「まず計略を立て、その後に戦う」と言いました。私が思うに、君子が事に当たるのも同じです。まず考えてから行えば、過った行いはありません。もしよく考えずに急いで事を起こせば、必ず過ちがあります。悔いに至らずにすむ者は少ないのです。事に臨んでは慎重に恐れ、よく謀って成し遂げる。これが善いとされるわけです。
解説
兵法の「先づ計りて後に戦ふ」を、日常の行いの心得に移した条です。管仲は春秋時代の斉の宰相で、結びの「事に臨みて懼れ、謀を好みて成す」は『論語』述而篇で孔子が子路に語った言葉です。慎思録という書名どおり、行う前に考えることを繰り返し説いています。思いつきで動いて後始末に追われる経験は誰にもあるでしょう。やる前の少しの準備が後の悔いを減らす、という当たり前を、改めて胸に刻ませてくれます。
この章句が説くこと
思計慎悔兵法
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