慎思録 / 巻之二
天一生水。天氣通乎地中。氣常凝聚。所以地中水生而不息也。且山谷者。地氣之所厚聚也。故其生水也最多矣。知欲圓言智者融會貫通。而不滯于一隅。故能達。愚者偏陋固滯。而拘泥于舊習。故不達。行欲方。言君子正直謹嚴。而不變節操。小人苟且偸薄。而無所守。
新字:天一生水。天気通乎地中。気常凝聚。所以地中水生而不息也。且山谷者。地気之所厚聚也。故其生水也最多矣。知欲円言智者融会貫通。而不滞于一隅。故能達。愚者偏陋固滞。而拘泥于旧習。故不達。行欲方。言君子正直謹厳。而不変節操。小人苟且偸薄。而無所守。
書き下し
天一は水を生ず。天気は地中に通ず。気常に凝聚す。地中に水生じて息まざる所以なり。且つ山谷は地気の厚く聚まる所なり。故に其の水を生ずるや最も多し。知は円ならんことを欲すとは、智者は融会貫通して、一隅に滞らず、故に能く達することを言ふ。愚者は偏陋固滞して、旧習に拘泥す、故に達せず。行ひは方ならんことを欲すとは、君子は正直謹厳にして、節操を変ぜず、小人は苟且偸薄にして、守る所無きことを言ふ。
現代語訳
「天の一が水を生ずる」と言います。天の気は地の中に通じています。気は常に凝り集まっています。これが地中に水が生じて絶えないわけです。また山や谷は地の気が厚く集まる所です。だからそこに生じる水が最も多いのです。「知は円くあれ」とは、智者は物事を融け合わせ貫き通して、一つの隅にとどまらないので、よく通達できることを言います。愚者は偏って狭く固まって、古い習わしにこだわるので、通達しません。「行いは方正であれ」とは、君子は正直で慎み深く節操を変えず、小人はその場しのぎで軽薄で、守るものがないことを言います。
解説
水が地中に絶えず生じる理と、「智は円く行いは方に」の解釈という、二つの話題を収めた単位です。「天一は水を生ず」は『易経』繋辞伝の天地の数を五行に配した説にもとづきます。「智は円ならんことを欲し、行ひは方ならんことを欲す」は『淮南子』主術訓の言葉です。考え方は柔らかく、行いは筋を曲げない、という対比は、現代の仕事にもそのまま使えます。頭が固いのに行いがぶれる、という逆の状態になっていないか、自分を点検する手がかりになります。
この章句が説くこと
智行方正融通五行
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