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管子 / 水地

地者,萬物之本原,諸生之根菀也,美惡賢不肖愚俊之所生也。水者,地之血氣,如筋脈之通流者也。故曰:水具材也。何以知其然也?曰:夫水,淖弱以清,而好灑人之惡,仁也;視之黒而白,精也;量之不可使槪至滿而止,正也;唯無不流,至平而止,義也;人皆赴高,已獨赴下,卑也。卑也者,道之室,王者之器也,而水以為都居。準也者,五量之宗也。素也者,五色之質也。淡也者,五味之中也。是以水者,萬物之準也,諸生之淡也,違非得失之質也,是以無不滿、無不居也。

新字:地者,万物之本原,諸生之根菀也,美悪賢不肖愚俊之所生也。水者,地之血気,如筋脈之通流者也。故曰:水具材也。何以知其然也?曰:夫水,淖弱以清,而好灑人之悪,仁也;視之黒而白,精也;量之不可使槪至満而止,正也;唯無不流,至平而止,義也;人皆赴高,已独赴下,卑也。卑也者,道之室,王者之器也,而水以為都居。準也者,五量之宗也。素也者,五色之質也。淡也者,五味之中也。是以水者,万物之準也,諸生之淡也,違非得失之質也,是以無不満、無不居也。

書き下し

地なる者は、萬物の本原、諸生の根菀なり、美惡賢不肖愚俊の生ずる所なり。水なる者は、地の血氣、筋脈の通流するが如き者なり。故に曰く、水は材を具うと。何を以て其の然るを知るや。曰く、夫れ水は、淖弱にして以て清く、而して好く人の惡を灑ぐ、仁なり。之を視れば黒くして白し、精なり。之を量るに槪をして滿つるに至りて止まらしむ可からず、正なり。唯だ流れざる無く、平らかに至りて止まる、義なり。人皆な高きに赴くに、已獨り下きに赴く、卑なり。卑なる者は、道の室、王者の器なり、而して水以て都居と為す。準なる者は、五量の宗なり。素なる者は、五色の質なり。淡なる者は、五味の中なり。是を以て水なる者は、萬物の準なり、諸生の淡なり、違非得失の質なり、是を以て滿たざる無く、居らざる無きなり。

現代語訳

地は万物のもとであり、生きるものの根であり、美しいものも醜いものも賢い者も愚かな者も、そこから生まれる。水は地の血であり気であり、筋や脈が通って流れるようなものである。だから、水は素材を備えている、という。なぜそう分かるのか。水はやわらかくて清らかで、人の汚れをよく洗い流す。これが仁である。見れば黒いのに白い。これが精である。量るのに、ならし棒で満ちたところで止めることができない。これが正である。ただ流れないところがなく、平らになったところで止まる。これが義である。人はみな高いところへ行くのに、水だけは低いところへ行く。これが卑である。卑さは道の部屋であり、王者の器であって、水はそこを住まいとしている。水平は五つの量りのもとである。素の白さは五つの色のもとである。淡さは五つの味のまんなかである。だから水は万物の物差しであり、生きるものの淡さであり、正しさと誤り、得と失を測る質である。だから満たさないところがなく、居ないところがない。

解説

水を、徳の名で読み解いていく段です。汚れを洗い流すから仁、平らになって止まるから義、低いほうへ行くから卑。人はみな高いところへ行くのに、水だけは低いところへ行く、という一句がよく知られています。水平は量りのもと、素の白は色のもと、淡さは味のまんなか。基準になるものは、いつも何もない側にありました。

この章句が説くこと

地なる者は万物の本原諸生の根菀なり水なる者は地の血気筋脈の通流するが如き者なり人皆な高きに赴くに已独り下きに赴く卑なり水なる者は万物の準なり諸生の淡なり

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