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慎思録 / 巻之二

記云。毋勦說。葢擥取他人之說。以爲己說。謂之勦說。夫竊他人之財。猶謂之盜。然况掠取他人之美。以爲己美乎。可賤之甚也。有先輩長者好取人之言。而用之者。告人曰。惟非吾謀。誰某之說也。是可爲取言之法。然近世中華之才子。亦往往有擥取前輩之說。以爲己說者。其志懾矣。近世薄俗。本邦之人。往往亦如此。不知恥之甚矣。

新字:記云。毋勦説。葢擥取他人之説。以為己説。謂之勦説。夫窃他人之財。猶謂之盗。然況掠取他人之美。以為己美乎。可賤之甚也。有先輩長者好取人之言。而用之者。告人曰。惟非吾謀。誰某之説也。是可為取言之法。然近世中華之才子。亦往往有擥取前輩之説。以為己説者。其志懾矣。近世薄俗。本邦之人。往往亦如此。不知恥之甚矣。

書き下し

記に云ふ、説を勦ること毋かれ、と。蓋し他人の説を攬り取りて、以て己が説と為す、之を勦説と謂ふ。夫れ他人の財を窃むすら、猶ほ之を盗と謂ふ。然るを況んや他人の美を掠め取りて、以て己が美と為すをや。賤しむべきの甚だしきなり。先輩長者に好んで人の言を取りて之を用ゐる者有り、人に告げて曰く、惟れ吾が謀に非ず、誰某の説なり、と。是れ言を取るの法と為すべし。然るに近世中華の才子も、亦た往々にして前輩の説を攬り取りて、以て己が説と為す者有り。其の志懾し。近世の薄俗、本邦の人も、往々にして亦た此くの如し。恥を知らざるの甚だしきなり。

現代語訳

『礼記』に「他人の説をかすめ取るな」とあります。思うに、他人の説を取って自分の説とすること、これを勦説といいます。他人の財を盗むことでさえ盗みと言われます。まして他人の優れたものを掠め取って、自分の手柄とするのはなおさらです。はなはだ卑しむべきことです。ある先輩で年長の人は、好んで人の言葉を取り入れて用いましたが、そのとき人に「これは私の考えではない、誰それの説です」と告げました。これこそ言葉を取り入れる作法とすべきです。ところが近ごろは中国の才子にも、しばしば先人の説を取って自分の説とする者がいます。その志はいじけています。近ごろの薄っぺらな風俗では、わが国の人もしばしばこのようです。恥を知らないことはなはだしいものです。

解説

他人の説を黙って自説とする「勦説」を、財を盗むより悪いと断じた条です。「説を勦ること毋かれ」は『礼記』曲礼上の言葉です。人の言を用いるなら「誰某の説」と名を明かせ、という先輩の作法は、今でいう出典の明示そのものです。益軒自身、多くの書を編みながら出典を記すことを重んじました。会議で部下の案を自分の手柄のように話す、資料を出典なしに流用する、といった身近な場面にもそのまま当てはまる戒めです。

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出典勦説学問

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