慎思録 / 巻之二
天下不可一日而無義理。無義理則人道廢矣。是以國家不可一日而無學校。無學校則義理之敎不興。人倫之道不明。故曰。飽食暖衣逸居無敎。則近於禽獸。元人王介有謂天下事若緩而實急者。學校是也。豈不然乎。夫明君先制民產。民食既足。則修學校之政。不可緩。此令富而後敎之者。聖人爲治之序也。王介之言本于晋李遠之語。
新字:天下不可一日而無義理。無義理則人道廃矣。是以国家不可一日而無学校。無学校則義理之教不興。人倫之道不明。故曰。飽食暖衣逸居無教。則近於禽獣。元人王介有謂天下事若緩而実急者。学校是也。豈不然乎。夫明君先制民産。民食既足。則修学校之政。不可緩。此令富而後教之者。聖人為治之序也。王介之言本于晋李遠之語。
書き下し
天下は一日も義理無かるべからず。義理無ければ則ち人道廃る。是を以て国家は一日も学校無かるべからず。学校無ければ則ち義理の教へ興らず、人倫の道明らかならず。故に曰く、飽食暖衣、逸居して教へ無ければ、則ち禽獣に近し、と。元人王介謂へること有り、天下の事、緩なるが若くして実は急なる者は、学校是れなり、と。豈に然らずや。夫れ明君は先づ民の産を制す。民の食既に足れば、則ち学校の政を修むること、緩くすべからず。此れ富ましめて而る後に之を教ふる者、聖人の治を為すの序なり。王介の言は晋の李遠の語に本づく。
現代語訳
天下は一日たりとも義理(正しい筋道)がなくてはなりません。義理がなければ人の道はすたれます。だから国家は一日たりとも学校がなくてはなりません。学校がなければ義理の教えは興らず、人倫の道は明らかになりません。それで「腹いっぱい食べ暖かい衣を着て、安楽に暮らしながら教えがなければ、禽獣に近い」と言われるのです。元の人王介は「天下の事で、急がないように見えて実は急を要するものは学校である」と言いました。まったくそのとおりではありませんか。そもそも賢明な君主は、まず民の生業を定めます。民の食が十分になったなら、学校の政治を整えることを後回しにしてはなりません。これが、民を豊かにしてから教えるという、聖人が政治を行う順序です。王介の言葉は晋の李遠の語にもとづいています。
解説
この章句が説くこと
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