学問のすゝめ / 初編・愚民の上に苛き政府あり
かかる愚民を支配するにはとても道理をもって諭すべき方便なければ、ただ威をもって畏すのみ。西洋の諺に「愚民の上に苛き政府あり」とはこのことなり。こは政府の苛きにあらず、愚民のみずから招く災なり。愚民の上に苛き政府あれば、良民の上には良き政府あるの理なり。ゆえに今わが日本国においてもこの人民ありてこの政治あるなり。仮りに人民の徳義今日よりも衰えてなお無学文盲に沈むことあらば、政府の法も今一段厳重になるべく、もしまた、人民みな学問に志して、物事の理を知り、文明の風に赴くことあらば、政府の法もなおまた寛仁大度の場合に及ぶべし。法の苛きと寛やかなるとは、ただ人民の徳不徳によりておのずから加減あるのみ。人誰か苛政を好みて良政を悪む者あらん、誰か本国の富強を祈らざる者あらん、誰か外国の侮りを甘んずる者あらん、これすなわち人たる者の常の情なり。
書き下し
かかる愚民を支配するには、とても道理をもって諭すべき方便なければ、ただ威をもって畏すのみ。西洋の諺に「愚民の上に苛き政府あり」とはこのことなり。こは政府の苛きにあらず、愚民のみずから招く災なり。愚民の上に苛き政府あれば、良民の上には良き政府あるの理なり。ゆえに今わが日本国においても、この人民ありてこの政治あるなり。仮りに人民の徳義今日よりも衰えて、なお無学文盲に沈むことあらば、政府の法も今一段厳重になるべく、もしまた、人民みな学問に志して、物事の理を知り、文明の風に赴くことあらば、政府の法もなおまた寛仁大度の場合に及ぶべし。法の苛きと寛やかなるとは、ただ人民の徳不徳によりておのずから加減あるのみ。人誰か苛政を好みて良政を悪む者あらん、誰か本国の富強を祈らざる者あらん、誰か外国の侮りを甘んずる者あらん、これすなわち人たる者の常の情なり。
現代語訳
このような愚かな民を支配するには、とても道理をもって諭す手立てがないので、ただ威によって恐れさせるだけになります。西洋の諺に、愚かな民の上には厳しい政府がある、とはこのことです。これは政府が厳しいのではなく、愚かな民が自ら招いた災いです。愚かな民の上に厳しい政府があるなら、良い民の上には良い政府がある道理です。ですから今わが日本においても、この人民があってこの政治があるのです。仮に人民の徳義が今よりも衰えて、さらに無学で文字を知らない状態に沈むなら、政府の法も一段と厳重になるでしょう。もしまた人民がみな学問を志して物事の道理を知り、文明の風に向かうなら、政府の法もまた寛大なものになるでしょう。法が厳しいか緩やかかは、ただ人民の徳と不徳によって自然と加減されるだけです。誰が厳しい政治を好んで良い政治を憎むでしょうか。誰が自分の国の富強を祈らないでしょうか。誰が外国の侮りを甘んじるでしょうか。これこそ人としての常の心です。
解説
この章句が説くこと
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孔子家語・正論解鄭の子産、疾有り。子太叔に謂いて曰く、「我死せば、子必ず政を為さん。唯だ徳有る者のみ能く寛を以て民を服せしむ。其の次は猛に如くは莫し。夫れ火烈しければ民望みて之を畏る、故に死する者鮮し。水は濡弱にして、民狎れて之を翫ぶ、則ち死する者多し。故に寛は難し。」子産卒す。子太叔政を為す。猛にするに忍びずして寛にす、鄭国掠盗多し。太叔之を悔いて曰く、「吾早く夫子に従わば、必ず此に及ばざりしならん。」孔子之を聞きて曰く、「善いかな。政寛なれば則ち民慢る、慢れば則ち猛を以て之を糾す。猛なれば則ち民残なわる、民残なわれば則ち之を施すに寛を以てす。寛以て猛を済い、猛以て寛を済う、寛猛相済いて、政是を以て和す。詩に曰く、『民亦た労れたり、汔んど小康なるべし。此の中国を恵み、以て四方を綏んぜよ。』寛を以て之を施し、詭随を縦にする毋かれ。以て無良を謹み、寇虐を式め遏め、慘として明を畏れざるを、之を糾すに猛を以てするなり。遠きを柔らげ邇きを能くし、以て我が王を定む、之を平らかにするに和を以てするなり。」又曰く、「競わず絿がず、剛ならず柔ならず。政を布くこと優優たり、百禄是れ遒まる。和の至りなり。」子産の卒するや、孔子之を聞き、涕を出して曰く、「古の遺愛なり。」
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『墨子』非命上然り而して今、天下の士君子、或いは命を以て有りと為す。益た盖ぞ嘗て尚に聖王の事を觀ん。古者、桀の亂す所、湯、受けて之を治め、紂の亂す所、武王、受けて之を治む。此の世、未だ易わらず、民、未だ渝らざるに、桀紂に於いては則ち天下亂れ、湯武に在りては則ち天下治まる。豈に命有りと謂う可けんや。
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