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慎思録 / 巻之一

學者以就平實爲先務。須遜志務時敏。且可以浮躁淺露自矜自是爲禁戒。蔣子方曰。學者如牛毛。成者如麟角。篤信謂。是言學者多而成者少也。成者之所以少。何耶。葢因學之不正。與不專一。是識見不明。故不知爲學之道也。以訓詁章句之習欲知道者。所謂以若所爲。求若所欲。猶緣木而求魚也。吾輩自妙年爲學。亦如此。迨老初知今是而昨非。可謂晚也。

新字:学者以就平実為先務。須遜志務時敏。且可以浮躁浅露自矜自是為禁戒。蒋子方曰。学者如牛毛。成者如麟角。篤信謂。是言学者多而成者少也。成者之所以少。何耶。葢因学之不正。与不専一。是識見不明。故不知為学之道也。以訓詁章句之習欲知道者。所謂以若所為。求若所欲。猶縁木而求魚也。吾輩自妙年為学。亦如此。迨老初知今是而昨非。可謂晩也。

書き下し

学者は平実に就くを以て先務と為す。須らく志を遜り務めて時に敏なるべし。且つ浮躁浅露、自ら矜り自ら是とするを以て禁戒と為すべし。蔣子方曰く、学ぶ者は牛毛の如く、成る者は麟角の如しと。篤信謂へらく、是れ学ぶ者多くして成る者少なきを言ふなり。成る者の少なき所以は、何ぞや。蓋し学の正しからざると、専一ならざるとに因る。是れ識見明らかならず。故に学を為すの道を知らざるなり。訓詁章句の習ひを以て道を知らんと欲する者は、所謂若の為す所を以て、若の欲する所を求むるは、猶ほ木に縁りて魚を求むるがごときなり。吾輩妙年より学を為すも、亦此くの如し。老に迨びて初めて今の是にして昨の非なるを知る。晩しと謂ふべし。

現代語訳

学ぶ者は、平易で着実なことに就くのを先の務めとします。志をへりくだらせ、努めて時を惜しんで励まなければなりません。また、浮ついて落ち着かず浅はかなこと、自分を誇り自分を正しいとすることを、禁じ戒めとすべきです。蔣子方は「学ぶ者は牛の毛のように多く、成し遂げる者は麒麟の角のように少ない」と言いました。私篤信が思うに、これは学ぶ者は多いが成し遂げる者は少ないということです。成し遂げる者が少ないのはなぜでしょう。学び方が正しくないことと、専一でないことによります。これは見識が明らかでなく、学問の道を知らないからです。訓詁や章句の習いで道を知ろうとするのは、いわゆる「そのようなやり方で、そのような望みを求めるのは、木に登って魚を求めるようなものだ」ということです。私も若い時から学問をしてきましたが、やはりこのようでした。老年に及んで初めて、今が正しく昨日までが誤りだったと知りました。遅かったと言うべきです。

解説

巻之一の結びとして、益軒が自らの学問の歩みを振り返った条です。「志を遜り務めて時に敏なり」は『尚書』説命下篇、「木に縁りて魚を求む」は『孟子』梁恵王上篇、「今の是にして昨の非なるを覚る」は陶淵明の「帰去来の辞」をふまえます。学ぶ者は牛毛、成る者は麟角という言葉は古くから知られたものです。八十代の益軒が、若い頃の学び方は誤っていたと率直に認めているのが胸を打ちます。遅すぎると嘆きつつ、気づいた時から改める姿勢こそが、この書全体を貫く学びの心なのでしょう。

この章句が説くこと

学問専一謙虚自省晩学

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