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慎思録 / 巻之一

樂。是人心之天機。雖常人亦皆有之。豈唯人心有此樂而已哉。如草木之發生。禽蟲之和鳴。亦是天機之發動。可以爲其樂。唯人爲氣禀蔽錮。物欲間隔。失此樂者。擧世皆然。人情無不欲喜樂。然衆人不能識人心本自有此樂。惟中無所得。則不能不藉外物以求樂。是以聲色臭味之欲。無所不至。然不能以道制欲。則惑而不樂。故其初雖耽樂。然其終不能無憂患。衆人之所以惑而不樂也。

新字:楽。是人心之天機。雖常人亦皆有之。豈唯人心有此楽而已哉。如草木之発生。禽虫之和鳴。亦是天機之発動。可以為其楽。唯人為気禀蔽錮。物欲間隔。失此楽者。挙世皆然。人情無不欲喜楽。然衆人不能識人心本自有此楽。惟中無所得。則不能不藉外物以求楽。是以声色臭味之欲。無所不至。然不能以道制欲。則惑而不楽。故其初雖耽楽。然其終不能無憂患。衆人之所以惑而不楽也。

書き下し

楽しみは、是れ人心の天機なり。常人と雖も亦皆之有り。豈に唯人心のみ此の楽しみ有るのみならんや。草木の発生、禽虫の和鳴の如きも、亦是れ天機の発動にして、以て其の楽しみと為すべし。唯人は気稟の為に蔽錮せられ、物欲に間隔せられて、此の楽しみを失ふ者、世を挙げて皆然り。人情喜楽を欲せざること無し。然れども衆人は人心の本自ら此の楽しみ有るを識ること能はず。惟中に得る所無ければ、則ち外物を藉りて以て楽しみを求めざること能はず。是を以て声色臭味の欲、至らざる所無し。然れども道を以て欲を制すること能はざれば、則ち惑ひて楽しまず。故に其の初め耽楽すと雖も、然れども其の終り憂患無きこと能はず。衆人の惑ひて楽しまざる所以なり。

現代語訳

楽しみは人の心の天の働きです。普通の人でもみな持っています。人の心だけにこの楽しみがあるのでしょうか。草木が芽生え、鳥や虫が和やかに鳴くのも、天の働きが現れたもので、それらの楽しみと言えます。ただ人は、生まれつきの気質に覆われ、物欲に隔てられて、この楽しみを失っており、世の中みなそうです。人情として喜び楽しみを望まないことはありません。しかし普通の人は、人の心にもともとこの楽しみがあることを知ることができません。ただ内に得たものがないので、外の物を借りて楽しみを求めずにはいられません。そこで音楽や色、香りや味の欲が行き着かないところはありません。しかし道によって欲を制することができなければ、惑って楽しめません。だから初めは耽り楽しんでも、終わりには憂いを免れません。これが普通の人が惑って楽しめない理由です。

解説

人が楽しみを求めながら満たされない理由を解き明かした条です。「道を以て欲を制すれば則ち楽しみて乱れず、欲を以て道を忘るれば則ち惑ひて楽しまず」は『礼記』楽記篇の言葉で、益軒はこれを結論に据えています。内に楽しみを持たない人は外に楽しみを求め、欲がどこまでも広がり、最初は楽しくても最後は憂いに終わるという流れは、依存や浪費の構造をよく言い当てています。楽しみを求めること自体は人情だと認めたうえで、その求め方を問うている点が益軒らしいところです。

この章句が説くこと

天機礼記

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