呻吟語 / 内篇・談道・樂の傳はらざるを恨む
千載而下,最可恨者樂之無傳。士大夫視為迂闊無用之物,而不知其有切於身心性命也。
新字:千載而下,最可恨者楽之無伝。士大夫視為迂闊無用之物,而不知其有切於身心性命也。
書き下し
千載にして下、最も恨む可き者は樂の傳はる無きなり。士大夫視て迂闊無用の物と為して、其の身心性命に切なる有るを知らず。
現代語訳
千年の後になって最も残念なのは、楽が伝わらなかったことです。士大夫はこれを回りくどく役に立たないものと見なして、それが身と心と性と命に切実に関わっていることを知りません。
解説
古代の音楽が失われたことを惜しむ一段ですが、惜しむ理由が趣味ではありません。楽は身体と心を直に整えるものであり、その道具が丸ごと無くなったと見ているのです。役に立たないと切り捨てる士大夫への苛立ちもにじみます。効率で測れないものが先に捨てられるという構図は、今も変わりません。音楽や作法をどこに位置づけるかという問いとして読めます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
楽音楽身心実用喪失
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