慎思録 / 巻之一
君子儒之所誦說。小人儒之所誦說。同是六經語孟也。所誦者同。而其得失不同。損益異者。果何也。曰。聖經有心迹之異。聖人之言行。載而在六經四書。是乃聖人之迹也。其所以做言行者。聖人之心也。君子之爲學也。誦聖人之跡。求聖人之心而後隨其才性之長短。與其用力之厚薄。而得之。故所得雖有大小淺深之異。然學焉則必有益也。小人之爲學也。誦聖人之迹。而不求於聖人之心。爲學所以無益者。由此也。
新字:君子儒之所誦説。小人儒之所誦説。同是六経語孟也。所誦者同。而其得失不同。損益異者。果何也。曰。聖経有心迹之異。聖人之言行。載而在六経四書。是乃聖人之迹也。其所以做言行者。聖人之心也。君子之為学也。誦聖人之跡。求聖人之心而後随其才性之長短。与其用力之厚薄。而得之。故所得雖有大小浅深之異。然学焉則必有益也。小人之為学也。誦聖人之迹。而不求於聖人之心。為学所以無益者。由此也。
書き下し
君子儒の誦説する所も、小人儒の誦説する所も、同じく是れ六経語孟なり。誦する所の者同じくして、其の得失同じからず、損益異なる者は、果たして何ぞや。曰く、聖経に心迹の異有り。聖人の言行、載せて六経四書に在り。是れ乃ち聖人の迹なり。其の言行を做す所以の者は、聖人の心なり。君子の学を為すや、聖人の跡を誦して、聖人の心を求め、而る後に其の才性の長短と、其の力を用ふることの厚薄とに随ひて、之を得。故に得る所大小浅深の異有りと雖も、然れども学べば則ち必ず益有り。小人の学を為すや、聖人の迹を誦して、聖人の心を求めず。学を為すこと益無き所以の者は、此に由るなり。
現代語訳
君子の儒者が読み説くものも、小人の儒者が読み説くものも、同じく六経や『論語』『孟子』です。読むものは同じなのに、得るところと失うところが同じでなく、益と損が異なるのは、いったいなぜでしょう。答えて言います。聖人の経書には、心と跡の違いがあります。聖人の言葉と行いは六経四書に載っていて、これが聖人の跡です。その言葉と行いをなさしめたものが、聖人の心です。君子が学問をするときは、聖人の跡を読んで聖人の心を求め、その後に自分の才能や性質の長短と、力を用いることの厚さ薄さに応じて、それを得ます。だから得るところに大小や浅深の違いはあっても、学べば必ず益があります。小人が学問をするときは、聖人の跡を読んで、聖人の心を求めません。学問をしても益がないのは、このためです。
解説
この章句が説くこと
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