慎思録 / 巻之一
知人甚難。唯明而公者。能知人。闇而私者。不能知人。衆人知識闇昧。私意蔽固。故闇者不能監察人之曲直邪正。而妄信人之毀譽欺僞。私者徇己之愛憎喜怒。而妄決人之賢否得失。雖欲不誤。而不可得也。
新字:知人甚難。唯明而公者。能知人。闇而私者。不能知人。衆人知識闇昧。私意蔽固。故闇者不能監察人之曲直邪正。而妄信人之毀誉欺偽。私者徇己之愛憎喜怒。而妄決人之賢否得失。雖欲不誤。而不可得也。
書き下し
人を知ることは甚だ難し。唯明にして公なる者のみ、能く人を知る。闇にして私なる者は、人を知ること能はず。衆人は知識闇昧にして、私意蔽固なり。故に闇き者は人の曲直邪正を監察すること能はずして、妄りに人の毀誉欺偽を信ず。私なる者は己の愛憎喜怒に徇ひて、妄りに人の賢否得失を決す。誤らざらんと欲すと雖も、得べからざるなり。
現代語訳
人を知ることは非常に難しいものです。ただ明らかで公正な者だけが、よく人を知ることができます。暗くて私心のある者は、人を知ることができません。普通の人は知識が暗く、私心で凝り固まっています。だから暗い者は、人の曲直や邪正を見分けることができず、みだりに人の誉めけなしや偽りを信じます。私心のある者は、自分の愛憎や喜怒に従って、みだりに人の賢愚や功過を決めつけます。誤らないようにしようとしても、できないのです。
解説
人を見る目に必要な二つの条件、明と公を示した条です。明は物事を見通す知の働き、公は私情を交えない心の構えです。暗い者は他人の評判を鵜呑みにし、私心のある者は好き嫌いで人を裁くと、益軒は二つの失敗の型を描き分けています。前の条の、君主の明は人を知ることにあるという論とつながります。人を採用したり評価したりする立場の人は、自分がどちらの失敗に陥りやすいかを知っておくと、判断の誤りを減らすことができます。
この章句が説くこと
知人明公私意評価
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