慎思録 / 巻之一
日日行善而不休。雖小善而不廢。一日有十二時之功。一月有三十日之功。一年有三百六十六日之功。其積累之至。高大不可測知。須樂善無倦。古語曰。塵積爲山。喩積小善而成大德也。
新字:日日行善而不休。雖小善而不廃。一日有十二時之功。一月有三十日之功。一年有三百六十六日之功。其積累之至。高大不可測知。須楽善無倦。古語曰。塵積為山。喩積小善而成大徳也。
書き下し
日日善を行ひて休まず、小善と雖も廃せざれば、一日に十二時の功有り、一月に三十日の功有り、一年に三百六十六日の功有り。其の積累の至り、高大にして測り知るべからず。須らく善を楽しみて倦むこと無かるべし。古語に曰く、塵積もりて山と為ると。小善を積みて大徳を成すに喩ふるなり。
現代語訳
毎日善を行ってやすまず、小さな善でもやめなければ、一日には十二の時刻ぶんの功があり、一月には三十日ぶんの功があり、一年には三百六十六日ぶんの功があります。その積み重ねの極みは、高く大きくて測り知ることができません。善を楽しんで倦まないようにしなければなりません。古い言葉に「塵が積もって山となる」とあります。小さな善を積み重ねて大きな徳を成すことのたとえです。
解説
小さな善の積み重ねが大きな徳になると説いた、分かりやすい条です。「十二時」は一日を十二に分けた昔の時刻の数え方で、一年を三百六十六日とするのは『尚書』堯典の暦の記述に基づきます。「塵積もりて山と為る」は古くから知られた言葉です。益軒は、善を義務としてではなく楽しみとして続けよと言います。毎日の小さな親切や丁寧な仕事は、その場では目立ちませんが、年月を重ねると人柄そのものになります。続けることの力を改めて感じさせてくれます。
この章句が説くこと
善積善徳継続楽
関連する章句
-
『慎思録』巻之二造化の人に於けるや、富貴爵禄を靳しまずして、独り徳を靳しむ。此れ造化靳惜に心有るに非ず、自然にして然り。故に富貴なる者は、古今常に多く、賢哲なる者は、古今常に少なし。蓋し徳は是れ天地神秀の気、純粋精美の理にして、鍾会して人身に附与する者なり。夫れ陰陽の気は、霄壌の間に充塞すと雖も、然れども清明粋美なる者は少なし。故に人の生まるる、其の清粋の気を禀受する者甚だ寡し。亦た宜ならずや。此れ君子の常に寡く、小人の常に衆き所以なり。天の命を降すや、人をして徳有りて道を知らしむる者は、是れ天の独り君子を寵異する所にして、富貴爵禄の其の生を厚くする者に百倍す。此れ君子の以て至楽と為して、富貴爵禄を願はざる所以なり。然らば則ち学者は当に貧賤不遇を憂へずして、特に学の講ぜざる、徳の修まらざるを憂ふべきのみ。
-
論語・憲問篇南宮适、孔子に問いて曰く、「羿は射を善くし、奡は舟を盪かす。倶に其の死を得ざりき。禹・稷は躬ら稼して天下を有てり。」夫子答えず。南宮适出づ。子曰く、「君子なるかな若き人。徳を尚ぶかな若き人。」
-
論語・為政篇子曰く、之を道びくに政を以てし、之を斉(ととの)うるに刑を以てすれば、民免れて恥無し。之を道びくに徳を以てし、之を斉うるに礼を以てすれば、恥有り且つ格(いた)る。
-
論語・衛霊公篇子曰く、由、徳を知る者は鮮なし。
-
論語・為政篇子曰く、政を為すに徳を以てすれば、譬えば北辰其の所に居て衆星之に共(むか)うが如し。
-
呂氏春秋・精通③德なる者は、萬民の宰なり。月なる者は、群陰の本なり。月望なれば則ち蚌蛤實ち、群陰盈つ。月晦なれば則ち蚌蛤虚しく、群陰虧く。夫れ月、天に形われて、群陰、淵に化す。聖人、德を己に行いて、四方咸仁に飭し。