慎思録 / 巻之一
做事制行。苟當理。則雖愚俗誹笑。不可畏。葢世之毀譽。往往不中理者多矣。不足爲憂喜也。况世俗之所誹謗。久而後定乎。顧歲月奈何而巳矣。若淺智薄行之人。一聞人之誹謗。則畏縮而不奮。所以不能成行也。
新字:做事制行。苟当理。則雖愚俗誹笑。不可畏。葢世之毀誉。往往不中理者多矣。不足為憂喜也。況世俗之所誹謗。久而後定乎。顧歳月奈何而巳矣。若浅智薄行之人。一聞人之誹謗。則畏縮而不奮。所以不能成行也。
書き下し
事を做し行ひを制するに、苟も理に当たれば、則ち愚俗誹笑すと雖も、畏るべからず。蓋し世の毀誉は、往往理に中らざる者多し。憂喜を為すに足らざるなり。況んや世俗の誹謗する所は、久しくして後に定まるをや。顧みるに歳月を奈何せんのみ。若し浅智薄行の人は、一たび人の誹謗を聞けば、則ち畏縮して奮はず。行ひを成すこと能はざる所以なり。
現代語訳
物事を行い行動を定めるとき、もし道理に当たっていれば、愚かな世間が悪口を言い笑っても、恐れる必要はありません。世の中の誉めけなしは、しばしば道理に当たらないものが多く、憂えたり喜んだりするには足りません。まして世間の悪口は、時がたってから定まるものではありませんか。振り返れば、歳月の流れに任せるしかないのです。知恵が浅く行いの薄い人は、一度人の悪口を聞くと、萎縮して奮い立たなくなります。それが行いを成し遂げられない理由です。
解説
正しいと信じることは、世間の嘲笑を恐れずに行えと説いた条です。前の条の、毀誉に動かされない心構えを、行動の場面に当てはめています。世間の評価は時がたって初めて定まるもので、目先の悪口に一喜一憂しても仕方がないと益軒は言います。益軒自身、儒学のほか本草学や地誌、和文の教訓書など、当時の儒者としては型破りな仕事を多く残しました。新しい試みには批判がつきものです。道理に照らして正しいかを確かめたら、あとは歳月に任せる覚悟を持ちたいものです。
この章句が説くこと
毀誉理勇気行評判
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