慎思録 / 巻之一
人之所好。其勢不兩立。此重則彼輕。故古人曰。楚劍利而倡優拙。又曰。不專一。則不能直遂。故爲學者。欲專一于道義。而用志不分。
新字:人之所好。其勢不両立。此重則彼軽。故古人曰。楚剣利而倡優拙。又曰。不専一。則不能直遂。故為学者。欲専一于道義。而用志不分。
書き下し
人の好む所は、其の勢ひ両立せず。此重ければ則ち彼軽し。故に古人曰く、楚の剣利くして倡優拙なりと。又曰く、専一ならざれば、則ち直遂すること能はずと。故に学を為す者は、道義に専一にして、志を用ひて分かたざらんことを欲す。
現代語訳
人が好むものは、成り行きとして両立しません。こちらが重くなれば、あちらが軽くなります。だから昔の人は「楚では剣が鋭く、役者や芸人は下手だ」と言いました。また「専一でなければ、まっすぐに遂げることはできない」とも言いました。だから学問をする者は、道義に専念して、志を用いて分けないようにしたいものです。
解説
関心は両立せず、どちらかに傾けば他方が衰えるという観察から、学問への専一を説いた条です。「楚の剣利くして倡優拙なり」は『史記』范雎列伝で秦の昭王が語った言葉で、楚では武が盛んで遊芸が振るわないという意味です。「志を用ひて分かたず」は『荘子』達生篇の、蟬を捕る老人の名人芸をたたえた言葉です。趣味や副業を多く抱えるほど、本業に向ける心が薄まるのは避けられません。何を重んじるかを自覚して、力の配分を決める必要を教えてくれます。
この章句が説くこと
専一志道義集中好み
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