論語 / 里仁篇
子曰、苟志於仁矣、無惡也。
新字:子曰、苟志於仁矣、無悪也。
書き下し
子曰わく、いやしくも仁に志せば、悪しきこと無し。
現代語訳
仁に本気で向かえば、悪は生まれない。
解説
本気で思いやりの心(仁)を目指して生きれば、悪事に手を染めることはなくなる、と孔子は言います。目指す方向がはっきりと定まっていれば、日々の小さな誘惑や迷いに振り回されにくくなる、という教えです。何を大事にして生きるかが曖昧なままだと、人はその場その場の都合や目先の得に流され、気づかないうちに小さな過ちを重ねてしまいます。反対に、家族を大切にしたい、人に親切でありたいという思いをいつも心の真ん中に置いていれば、多少の困難や誘いがあっても、道を踏み外しにくくなります。家庭でも仕事でも、何を一番大切にするかをはっきりさせ、それを日々の言葉や行いで繰り返し確かめること。そうした地道な積み重ねが、大きな過ちを未然に防ぐ、いちばん確かな備えになるのです。
この章句が説くこと
志仁善悪
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『講孟余話』告子上 第十八章仁の不仁に勝つは、猶ほ水の火に勝つがごとし。今の仁を為す者は、猶ほ一杯の水を以て一車薪の火を救ふがごときなり。熄まざれば則ち之を水火に勝たずと謂ふ。此れ又不仁に与するの甚だしき者なり。亦終に必ず亡はんのみ。此の章大志ある者、日夜朝暮に語誦して志を励ますべし。余囚徒となりて、神州を以て自ら任じ、四夷を撻伐せんと欲す。人に向ひて是を語れば、駭愕せざるはなし。然れども此の章を以て益々自ら信じて断じて疑はず。今神州を興隆し四夷を撻伐するは仁道なり。之を礙ぐる者は不仁なり。仁豈に不仁に勝たざらんや。若し勝たざれば仁に非ず。故に先づ一身一家より手を下し、一村一郷より同志同志と語り伝へて、此の志を同じくする者日々盛んにならば、一人より十人、十人より百人、百人より千人、千人より万人、万人より三軍と、順々進み進みして、仁に志す者豈に寥々ならんや。此の志を一身より子々孫々に伝へば、其の遺沢十年百年千年万年と愈々益々繁昌すべし。今天下の勢は、無事にして多難を伏し、至安にして至危を伏す。伏する者は必ず発す、自然の勢なり。一旦多難至危の発泄するに至りて、潰敗復た収むべからず。此の時に当りて一人より三軍、一身より子孫に伝へたる所が大用をなし、神州興隆、四夷撻伐、功必ず成るべし。而して其の規模は今日に在るなり。
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