論語 / 里仁篇
子曰、苟志於仁矣、無惡也。
新字:子曰、苟志於仁矣、無悪也。
書き下し
子曰わく、いやしくも仁に志せば、悪しきこと無し。
現代語訳
仁に本気で向かえば、悪は生まれない。
解説
本気で思いやりの心(仁)を目指して生きれば、悪事に手を染めることはなくなる、と孔子は言います。目指す方向がはっきりと定まっていれば、日々の小さな誘惑や迷いに振り回されにくくなる、という教えです。何を大事にして生きるかが曖昧なままだと、人はその場その場の都合や目先の得に流され、気づかないうちに小さな過ちを重ねてしまいます。反対に、家族を大切にしたい、人に親切でありたいという思いをいつも心の真ん中に置いていれば、多少の困難や誘いがあっても、道を踏み外しにくくなります。家庭でも仕事でも、何を一番大切にするかをはっきりさせ、それを日々の言葉や行いで繰り返し確かめること。そうした地道な積み重ねが、大きな過ちを未然に防ぐ、いちばん確かな備えになるのです。
この章句が説くこと
志仁善悪
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