史記 / 伯夷列伝
子曰、道不同不相為謀、亦各從其志也。故曰、富貴如可求、雖執鞭之士、吾亦為之。如不可求、從吾所好。歲寒、然後知松柏之後凋。舉世混濁、清士乃見。豈以其重若彼、其輕若此哉。
新字:子曰、道不同不相為謀、亦各従其志也。故曰、富貴如可求、雖執鞭之士、吾亦為之。如不可求、従吾所好。歳寒、然後知松柏之後凋。舉世混濁、清士乃見。豈以其重若彼、其軽若此哉。
書き下し
子曰く、「道同じからざれば相ひ為に謀らず」と。亦た各々其の志に従ふなり。故に曰く、「富貴もし求む可くんば、執鞭の士と雖も、吾も亦た之を為さん。如し求む可からずんば、吾が好む所に従はん」と。「歳寒くして、然る後に松柏の凋むに後るるを知る」。世を挙げて混濁して、清士乃ち見はる。豈に其の重んずること彼の若く、其の軽んずること此くの若くなるを以てせんや。
現代語訳
孔子は言った。「進む道が違えば、たがいに相談して事を図ることはない」。人はそれぞれ自分の志に従うのだ。だから孔子はこうも言った。「富貴が正しく求めて得られるものなら、たとえ御者のような賤しい役でも私はやろう。だが求めて得られぬものなら、私は自分の好むところに従う」。「寒い季節になって初めて、松や柏が他の木より遅れて(=散らずに)緑を保つことがわかる」。世の中全体が濁ってこそ、清らかな人物がきわだって見えてくる。それは、ある人は彼のものを重んじ、ある人はこのものを軽んじる――価値の置き方がそれぞれ違うからではないか。
解説
第5段で突きつけた「報われぬ現実」への、司馬遷なりの答えです。鍵は「各々其の志に従う」――結果や損得ではなく、自分が何を選ぶかは自分の志で決めるということ。富貴が確実に手に入るなら卑しい仕事も厭わないが、運任せでしか得られないなら、いっそ自分の好むこと(信じる道)に生きる、という孔子の言葉を引きます。そして名句「歳寒くして松柏の後れて凋むを知る」。逆境や乱世という「冬」が来て初めて、本物の人物の真価が見える。順風のときは誰もが立派に見えますが、危機のときにこそ、その人・その組織の芯が問われます。経営者にとっては、平時ではなく苦境において貫ける価値観こそが、自社の本当のアイデンティティだという教えです。
この章句が説くこと
志松柏逆境真価順逆価値観
関連する章句
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論語・子罕篇子曰く、歳寒くして、然る後に松柏の後れて凋むを知るなり。
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『講孟余話』離婁下 第八章「為さざる」は獧者の類なり。「為す有る」は狂者の類なり。もと是れ両種の人なり。譬へば伯夷の周の粟を食ふを恥ぢて首陽に餓死し、厳子陵の光武に屈せずして釣台に老ゆる如き、皆不為の志と云ふべし。伊尹の成湯を輔けて夏桀を南巣に放ち、太公の武王を勧めて殷紂を牧野に誅する如き、同じく天下の乱を定め万民の苦を救ふは、有為の業と云ふべし。伯夷・子陵、伊尹・太公、分けて云へば両種の人なり。然れども伊尹有莘の野に耕し、太公渭川に釣りせし時に当りて、富貴利達一つも其の心を動かす所なし、是れ其の不為の志なり。此の志あればこそ、有為の業も出来たるなり。又伯夷・子陵の如き不為の志ある人は、苟も其の位に当り其の事に任ずることあらば、固より亦有為の業を成すこと必せり。今吾が徒罪を獲て獄に坐す。真に能く心を道徳の域に楽しましめ、天下の事一つも心を動かすことなく、不為の志確乎たらば、一旦事変に臨むことありとも、必ず能く有為の業を成すことを得ん。是れ吾が学を勤むる所以なり。
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