慎思録 / 巻之一
自賢自是者。行有不得。不知反求于己。唯務責於人而已。是小人之情狀也。故曰。責己而不責人者。君子也。責人而不責己者。小人也。豈啻君子小人之所由分而已哉。雖國之興亡治亂。亦繫此。左傳臧文仲曰。禹湯罪己。其興也勃焉。桀紂罪人。其亡也忽焉。
新字:自賢自是者。行有不得。不知反求于己。唯務責於人而已。是小人之情状也。故曰。責己而不責人者。君子也。責人而不責己者。小人也。豈啻君子小人之所由分而已哉。雖国之興亡治乱。亦繋此。左伝臧文仲曰。禹湯罪己。其興也勃焉。桀紂罪人。其亡也忽焉。
書き下し
自ら賢とし自ら是とする者は、行ひて得ざること有るも、反りて己に求むることを知らず、唯人を責むるを務むるのみ。是れ小人の情状なり。故に曰く、己を責めて人を責めざる者は、君子なり。人を責めて己を責めざる者は、小人なりと。豈に啻だ君子小人の由りて分かるる所のみならんや。国の興亡治乱と雖も、亦此に繋る。左伝に臧文仲曰く、禹湯は己を罪す、其の興るや勃焉たり。桀紂は人を罪す、其の亡ぶるや忽焉たりと。
現代語訳
自分を賢いと思い、自分を正しいとする者は、行ってうまくいかないことがあっても、振り返って自分に原因を求めることを知らず、ただ人を責めることに努めるばかりです。これが小人のありさまです。だから「自分を責めて人を責めない者は君子であり、人を責めて自分を責めない者は小人である」と言うのです。これは君子と小人が分かれるところであるだけではありません。国の興亡や治乱も、これにかかっています。『春秋左氏伝』で臧文仲は「禹王や湯王は自分を罪としたので、その興隆は勢い盛んであった。桀王や紂王は人を罪としたので、その滅亡はあっという間であった」と言いました。
解説
うまくいかない時に自分を責めるか人を責めるかが、個人の品格だけでなく国の興亡まで分けると説いた条です。「行ひて得ざる者は皆反りて諸を己に求む」は『孟子』離婁上篇の言葉です。臧文仲の言葉は『春秋左氏伝』荘公十一年にあり、夏の禹王と殷の湯王、暗君の代表である夏の桀王と殷の紂王を対比しています。組織で問題が起きたとき、リーダーが自分の責任を認めるか、部下のせいにするかで、その後の立て直しの速さがまるで違うことを思い起こさせます。
この章句が説くこと
反求責己君子小人興亡
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