慎思録 / 巻之一
情慾之萠。其初甚微。故制之也易。後來陷溺之久。雖知其不可。而不能克之。故不制之小。則難奈其大。古語曰。兩葉不除。將用斧柯。豈不然乎。然則人之所好。其始不可不察。
新字:情慾之萠。其初甚微。故制之也易。後来陥溺之久。雖知其不可。而不能克之。故不制之小。則難奈其大。古語曰。両葉不除。将用斧柯。豈不然乎。然則人之所好。其始不可不察。
書き下し
情欲の萌すや、其の初め甚だ微なり。故に之を制すること易し。後来陥溺すること久しければ、其の不可なるを知ると雖も、之に克つこと能はず。故に之を小に制せざれば、則ち其の大なるを奈んともし難し。古語に曰く、両葉除かざれば、将に斧柯を用ひんとすと。豈に然らずや。然らば則ち人の好む所、其の始め察せざるべからず。
現代語訳
情欲が芽生えるとき、その初めはとても小さいので、抑えるのはたやすいものです。のちに長く溺れてしまうと、いけないと分かっていても打ち勝つことができません。だから小さいうちに抑えなければ、大きくなってからはどうしようもありません。古い言葉に「二葉のうちに取り除かなければ、やがて斧を使うことになる」とあります。まさにそのとおりではないでしょうか。そうであれば、人が好むものは、その始めのところをよく見極めなければなりません。
解説
欲望は芽のうちに摘めと説いた短い条です。「両葉除かざれば将に斧柯を用ひんとす」は古い箴言で、双葉のうちなら指で摘めるものも、放っておけば斧が要る大木になるというたとえです。益軒は、欲そのものを否定するのではなく、好むものの始めをよく見極めよと言います。前の条で説かれた省察の工夫、つまり一念が動いた瞬間に善悪を見分けることの具体例と言えます。夜更かしや飲み過ぎ、浪費など、習慣になる前の小さな兆しに気づくことが、自分を守る一番の方法です。
この章句が説くこと
欲克己省察習慣萌し
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