慎思録 / 巻之五
窒慾之術。於將萠之際早克治。則用力小。而得效大。若於慾念已熾之後禁之。則不能勝。大抵窒慾之工夫。須極勇猛縝密。不可柔懦苟且。必當用十分之全力。而過爲防。朱子所謂克己亦別無巧法。譬如孤軍之猝遇强敵。只得盡力舍己向前而已。尙何問哉。此言最可服行。
新字:窒慾之術。於将萠之際早克治。則用力小。而得効大。若於慾念已熾之後禁之。則不能勝。大抵窒慾之工夫。須極勇猛縝密。不可柔懦苟且。必当用十分之全力。而過為防。朱子所謂克己亦別無巧法。譬如孤軍之猝遇強敵。只得尽力舎己向前而已。尚何問哉。此言最可服行。
書き下し
窒慾の術は、将に萌さんとするの際に於て早く克治すれば、則ち力を用ゐること小にして、効を得ること大なり。若し慾念已に熾んなるの後に於て之を禁ずれば、則ち勝つこと能はず。大抵窒慾の工夫は、須らく勇猛縝密を極むべし。柔懦苟且なるべからず。必ず当に十分の全力を用ゐて、過ぎて防ぎを為すべし。朱子の所謂、克己も亦別に巧法無し、譬へば孤軍の猝かに強敵に遇ふが如し、只だ力を尽くし己を舎てて前に向かふを得るのみ、尚ほ何をか問はん、と。此の言最も服行すべし。
現代語訳
欲をふさぐ方法は、欲がまさに芽生えようとするときに早く抑えれば、使う力は小さくて効果は大きいものです。もし欲の思いがすでに燃え盛ってから禁じようとしても、勝つことはできません。およそ欲をふさぐ工夫は、勇猛で緻密であることを極めなければなりません。弱々しくいい加減であってはなりません。必ず十分な全力を用い、過ぎるくらいに防ぐべきです。朱子は「克己にも特別な巧い方法はない。たとえば孤立した軍が突然強敵に遭ったようなもので、ただ力を尽くし、身を捨てて前に進むしかない。ほかに何を問うことがあろうか」と言いました。この言葉は最も身につけて行うべきです。
解説
欲との付き合い方を、早期対処と全力投入の二点で説く条です。朱子学では人欲を天理を覆うものとし、「克己復礼」(『論語』顔淵)の克己を修養の要としました。益軒は、欲が燃え上がってからでは勝てないと言い、芽のうちに抑えるよう勧めます。朱子の孤軍のたとえは、克己に小手先の技はなく覚悟だけがあるという意味です。『養生訓』でも欲を慎むことを繰り返した益軒の実感がこもっています。浪費や怠け癖、SNSの長時間利用などでも、始まる前に断つ方がはるかに楽だと教えてくれます。
この章句が説くこと
欲克己修身勇工夫
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